もうもうと粉塵の舞うグラウンドを声もなく見つめていた。
観客の声にかき消されつつも実況の声が大きく響く。
その場にいる全員に、この状況は理解できていなかった。
キックオフが始まった刹那、頭上の暗闇からいくつもの鉄骨が落下したのだと、グラウンドに突き刺さる鉄骨の重々しさだけが説明している。
チームの安否を確認するすべもなく、席から腰を浮かせたまま呆然とする事しかできず、誰もが最悪の事態を想像していた。




ひたひた、とも、たしたし、とも取れる中間点の足音を響かせては走っていた。
しばらく走り続けているのにも関わらず一向にグラウンドが姿を見せる気配はない。そして誰ひとりとしてすれ違うこともない。
履いていた靴は見つからなければ、自分のいる場所に検討もつけられない。目的地がはっきりしていようとも現在地の判らない者に地図は意味をなさない。
なぜだか頭はズキズキと痛むし、吐き気も催してきた。襲撃を受けた体は動かす度に痛い。裸足で駆け抜けるには寒すぎる廊下に腹が立つ。
「サッカー部に知り合いが多いからって、私は帰宅部なのに……っ」
これ以上広い学園内をあてもなく奔走しても仕方がない。
どこか自分の居場所を特定できるものがあればいいのに、と荒い呼吸を繰り返しながら背中を壁に預けた。
ここ一年、体を動かす事から遠ざかっていたツケがこんな所に出るとは思っていなかった。帰ったら修也にサッカーに付き合ってもらおうと心に決める。
そして先ほどのグラウンドの状況に思考がたどり着く。
時間がどの位経過したか判らない。試合は間違いなく中断しているだろうが、今後続行するのだろうか。
状況を知る方法がないには、誰も怪我をしていない事を祈るしかできない。むしろ、怪我だけで済んでいてくれればいい。
あれを見る限り希望的観測以外の何物でもないが、最悪の事態は想像したくなかった。
じっとしていた事で呼吸は整ってきた。頭や体はまだ痛む。むしろ悪化してきているかもしれないが、ここでじっとしている訳にもいかない。
は壁から背を離した。
きょろきょろと周りを見る。ずっと同じような内装の薄暗い廊下が広がっているだけだ。
来た道とは反対に伸びる通路へ足を運びながら、は帝国学園の生徒はどうやってこの建物で迷わず生活しているのかと感心した。
慣れるまでは方位磁石や地図がなければあっさりと迷子になってしまうのではないだろうか。せめて東西南北が判別できればいいのに、この建物には窓がない。薄暗さも相まってまるで地下通路だ。
そしてはふとポケットに手をいれる。
今しがた思い出したのは携帯電話の存在だ。ここが地下でないのなら電波は得られるだろう。
グラウンドに出ているなら彼らに電話は継らないだろうが、時間を知ることはできる。
携帯電話を起動させると仄かに周りが明るくなる。が彼らと別れてから時間はそれなりに経過しているようだった。
これは心配されている、に違いない。
は眉間に皺を寄せた。
自分ひとりの存在の有無がチームに影響を与えるだなんて欠片も思っていないが、彼らはお人好し集団だ。
マネージャー陣などは気にしている可能性が高い。特に音無が、だ。
自分を追いかけた後、姿を現さないとなれば気掛かりだろう。彼女たちに怒られるのはごめんだし、悲しまれるのも勘弁だ。
一刻も早く姿を見せなくては、とは痛む身体を叱咤激励する。
若干霞み始める視界になど気付かないフリをして、は電話帳から響木の電話番号を表示する。
選手には確実に継らないだろうが、監督になら継るかもしれない。通話ができなくても留守電を入れておけばいいだろう。
そう思ってコールを始める。四回程鳴った後、コール音は途切れた。
ああ、やはり留守番電話サービスに継ったかか、とが口を開いた瞬間に声が聞こえた。
か、どうしている」
「……かんとく」
よもや監督が出ると思っていないは出鼻を挫かれたように、初めの言葉を飲み込んだ。代わりに出てきたのは阿呆みたいに舌足らずな言葉。
響木はの言葉を待っている。
そしてなんと言えばいいのかは頭を抱えた。起こったことをそのまま話すには些か不都合だ。
先手を打たれの現状を尋ねられた以上、こちらの事を話す前に向こうの状況を尋ね返す訳にもいかない。
ただ、監督の様子から大事に至っていないことは窺い知れた。
は再び壁に背中を預ける。
「……ちょっと、通路で迷子に」
嘘ではない。これは決して嘘ではない。不可抗力の迷子だ、とは内心頷きながらそう言った。
監督は数秒の沈黙の後、大きく深い溜息を吐いた。
「話は後で聞かせてもらおう。……無事なんだな」
「はい。それで、そちらは」
「大丈夫だ、誰も怪我などしていない。試合の続行が決まった」
今度はが息を吐き出した。
試合の続行ができるという事は誰も大きな怪我をしていないというのは本当なようだ。
あんなことがあっても続行する試合というのにかなり疑問を覚えるが、無事ならそれでいい。
「では今は試合中ですか?」
「いや、ハーフタイムだ。お前はそこでじっとしていろ。鬼瓦にでも向かわせる」
「う、はい。すみません」
そこで通話が切れた。響木のことだから彼らには上手い具合に一声かけてくれるだろう。
ポケットに携帯電話をしまい、壁に持たれたままずるずるとその場に座り込んだ。
一安心したからか気持ち悪さのせいからか、どっと眠気が襲ってくる。
ふわふわとする意識を手放すか否か、は膝を抱え顔を埋めて考えていた。
床は冷たい。このまま寝れば確実に冷える。風邪を引く位はするかもしれない。
そう考えもしたのに抗えず、は意識を手放した。






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