グラウンドでウォーミングアップをする仲間を傍目に、豪炎寺は周りを見回した。
帝国学園のメンバーも各自で準備をしているらしく、見る限りはただの試合前の光景だ。キャプテンである鬼道の姿が見えないが、それでも一見すれば普通の光景だ。
だが、どうも様子がおかしい。
帝国学園も数人から動揺を伺える。GKと大柄の男が話している様子などいかにもだ。
それに先ほど姿を消した円堂が、戻ってきてから不調をきたしている。ぼんやりとしたまま、染岡のシュートを見送った。止められなかったのではなく、止めにすら行かなかったのだ。
眉間に皺がよる。なにかあったのだとは思うが、大事な試合前にこの調子では問題だ。
染岡の言葉に円堂が慌てたように水道へ向かった。
顔を洗ってくる、と駆け出したそれを見送って、豪炎寺は溜息をついた。
そしてこの状況をどう思う、とに訪ねようと顔を上げる。くるりと見渡すが、どこにもの姿が見られない。
「木野、を見なかったか」
さん? 豪炎寺くんがさっき別れたって言った時から私は見てないよ」
音無を追いかけてからまだ帰ってきていないのか。
訪ねたいことがあるときに不在だとなると少し不満が募る。
「私、円堂くんのところに行ってくるね」
「ああ、すまない。引き止めて悪かったな」
ぱたぱたと円堂を追いかけていった木野を見送り、豪炎寺は再度溜息をついた。
珍しくベンチに入るというに少し喜んでいたというのに、このままでは試合が始まる。
一体いつまでうろついているのかと姿の見えないに悪態を付いた。




はふと目を覚ました。
既視感を覚えるこの感覚には眉間に皺を寄せる。
鈍く痛む体を起こすとそこはどこかの個室だった。柔らかなベッドに寝かされていたところで何も嬉しくなどない。
内装から受けるイメージから、帝国学園の内部であるようだった。
扉が開く音がして目を向けると、長い金髪を揺らして少女が立っていた。
「やあ、目が覚めたかい?」
楽しげに笑みを浮かべたまま歩み寄る姿をは黙って見る。
少女が離れたことで扉は締まり、かちり、という硬質なロック音が小さく聞こえた。鍵がかけられたらしい。
何の反応も返さないに、きょとん、と表情を崩した少女が首をかしげた。
そして再び笑みを浮かべるとベッドの横まできて立ち止まる。
「僕は、アフロディ。はじめましてだ。問われる前に答えておくけれど、君に乱暴を働いたのは僕ではないよ」
「アフロディ……それは本名かしら」
「さあ、どうだろうね。みんな僕をそう呼ぶから、本名か否かだなんてどちらでもいい事じゃないか」
とすん、とベッドに腰掛けたアフロディに溜息をついた。
「美の女神が大層大雑把な事ね」
「美しさ意外の完璧さを求められたってアフロディーテも首をかしげてしまうだろうね」
綺麗な出で立ちをしているが、少女ではなく少年のようだ。ちょっとした動作の端々から少年らしさを感じる。
くすくす、と笑っているアフロディには顔を顰める。ただでさえ暴力誘拐監禁騒ぎなのだ。気分も悪くて仕方がない。そこに何がおかしいのか笑い続ける初対面の少年。
いらだちが募るばかりだ。
「私をここに連れてきて、一体何の用事なのかしら。試合が始まるから早く戻らなきゃいけないのよ」
「ふふ、その試合ももう始まるさ。一緒にここでみようじゃないか」
ベッドから足を下ろそうとしたを手で制して、アフロディがモニターの電源を入れる。
写った映像は帝国学園のスタジアム。両チームが揃って入場口に並んでいることからもうすぐキックオフなのだろう。
「これを飲むといい」
ベッドサイドに置かれたグラスをに手渡す。
有無を言わさず持たされたグラスに水差しからたっぷりと水が注がれる。表面が波打つのを見ては溜息をついた。
「飲むと思っているの?」
「喉が渇いているだろう? なにせさっきまで寝ていたんだから」
いったい誰のせいで寝ていたのかと問い詰めたところで意味をなさないのだろう。
ニコニコと笑っているアフロディはが思い通りに動くまで話を進める気がなさそうだった。
再び息を吐いたはグラスの水を煽る。
「……これで満足?」
「ああ、そうだね。ではしっかりと目に焼き付けておきなよ。君のチームの、最後の試合になるだろうから」
「……どういう事? 彼らに何をしたの」
モニターを見るアフロディの肩をつかみ振り向かせる。
赤い瞳が真っ直ぐにを捉えた。存外柔らかな色をしているそれには少したじろぐ。
小さく笑い、を正面に見据えたアフロディが頭を傾けた。薄暗い部屋の中、少しの光を受けて反射させる金髪が場違いに美しい。
「僕は、何も。僕は、ただ、勝つだけさ」
「勝つためには何が起こってもいいって事?」
「何かが起こってもそれは不慮の事故だよ」
「何のために」
の言葉でようやくアフロディが笑みを浮かべるのをやめた。
目を皿のように丸くして、長いまつげがぱちぱちと音を立てんばかりに瞬く。
アフロディは質問の意図を理解していないのだろう。
口元に手を当てて、視線を斜めに逸らした。数秒の後、真っ直ぐに突き刺さる視線がを襲う。
「勝つため、それ以外に何かあるのかい?」
「そう、あなたは勝つために勝つのね」
はアフロディから顔を逸らした。もうアフロディと対話をする気はなかった。
一層解らない、とアフロディは首を傾げた。
ベッドから周りを見回すがが履いていた靴は近くにはない。もそり、と足を下ろす。
床は冷たくては少し顔を顰めた。
「勝手な行動は謹んでくれるかな」
扉へ向かったに、アフロディは困る様子もなくそう言った。
アフロディの言葉には返事せず、は開閉口に手を伸ばす。鈍い反動を受けて、やはり施錠されているのだと知った。
硬質な音だけで、実際には施錠されていない可能性を信じていたのだが、儚い夢だったようだ。
は息を吐く。再び部屋を見回し、何か役に立ちそうなものがないかを探る。
窓もなければ明かりも最小限。扉を壊せそうなものもない。
「残念だけれど、ここには何もないんだ。おとなしく試合を観戦しようじゃないか」
アフロディがベッドに腰掛けたまま、優雅に微笑んだ。場所や状況がそれなりならばとても絵になるだろう。
とてもじゃないがは今それを感じるだけの感性を持ち合わせていない。
「出られない、っていうのは本当みたいね。なら早く用事を済ませてくれない?」
「思っていたより落ち着きがないようだけれど、まあいいさ」
ばさり、と髪を後ろに払い除けアフロディが立ち上がる。
「二つは既に達成されているんだ。あともう少し」
すっと華麗な動きでアフロディがモニターを指差す。
がそれに従って視線を移すと、試合を開始するホイッスルが鳴り響いた所だった。
それと同時に巨大な物体が音を立てて落下する。
騒ぐ観客や耳になれた数人の声、粉塵を巻き上げた画像の後、急にノイズ混じりになったモニターはついに何も映さなくなった。
はモニターに掴みかかった。真っ暗な画面のまま、モニターからは何の反応も帰ってこない。
ひやりとしたものが背中を滑り降りる。僅かな痛みが頭に訴えかけていた。
はアフロディに背を向けたまま口を開いた。
「扉を開けて」
「部屋から出て、グラウンドにたどり着く事ができるのかい」
「聞こえなかったの、扉を開けて。私を早くここから出しなさい」
困った、とわかりやすく表情を作ったアフロディが扉へと歩みを進める。
硬質な音の後、あっさりと開かれた扉の向こうには一層薄暗い廊下が広がっていた。
「いずれひっぱたくから覚えてなさいね」
アフロディの横を通り抜ける際にそう言って、はどこに繋がっているかも分からない廊下を駆け出した。







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