カタンカタンと静かに振動を繰り返す電車の中ではじっと外を眺めている。
薄暗く曇った空はどことなく気分を暗くさせる。
円堂を筆頭に盛り上がる部員に声をかけることもせず、少し遠くに見える高い建物に目を向けていた。
地区予選決勝の舞台は帝国学園。まるで要塞のように見えるその風貌にはひっそりと顔を顰めた。
夏未は電車で向かうのを断り自家用車で目的地へ行くらしい。黒い高級車が外を走り行くのが見えた。
「、緊張しているのか」
となりに座っている修也が首をかしげて顔を覗き込んでくる。
ぱちぱちと瞬きをして、小さく微笑み返す。
「大丈夫よ、試合をするのは私じゃないんだから。修也くんは心配性だね」
「そうか、難しい顔をしているからな。お前でも緊張するのかと思った」
「お前でもってどう言う意味よ、もう」
少しだけ口を尖らせて、軽い調子で言うと修也は肩の力を抜いたようだった。
どちらかというなら、修也の方が緊張していたのかもしれない。お前でも、なんてむしろ修也に言ってやるべき言葉のように思う。
「大丈夫よ、今の雷門なら帝国学園相手だって十分戦える。修也くんたちなら勝てるよ」
「わかっているさ。約束があるからな、必ず勝ってみせる」
ぐっと胸元を抑える修也に軽くもたれかかる。
夕香との約束を果たすためには、通り道であるこの地区予選に勝ち上がらなくてはいけない。
何かと縁のある帝国学園を下して、本戦に出場しなくては約束は果たせない。
としてはここで帝国学園とは縁を切っておきたいが、地区予選で帝国学園に勝ったとして、どうあっても帝国学園は本戦に出場するのだから無理な話だろう。昨年優勝した帝国学園はシード校として本戦出場の権利を与えられている。
帝国学園が監督不在で出場不可能に陥るか、選手が全員不慮の事故にあうなど、まるでどこかで見たような出来事が起こらないと雷門が勝ち進む限り決勝で再び帝国学園と試合をすることになる。ここまでくれば因縁の対決と言っても差し支えない大会になるだろう。
「妙な気合で空回りしないでね。いつものペースで試合をすれば大丈夫だから」
「手厳しいな」
小さく笑った修也に対して笑みを向ける。
は全くと言っていいほど「帝国学園との試合」については心配していなかった。気がかりなのは試合ではなく、その外側。影山零治。
は再び顔を窓の外へ向けた。
一定のペースで揺れる電車は速度を落とし始めている。
帝国学園が近い。
そびえ立つ、という表現がここまでしっくりくる建物もそうないだろう。そう思えるほど帝国学園の建物は不穏な空気を醸し出していた。
嬉しそうに両腕を天に突き上げ、大声で奮起した円堂を見る限り、そう感じたのはだけかもしれないが。
帝国学園スタジアムの控え室までの真っ暗な道をぞろぞろと歩く。
歩みを進める度ににカツン、と硬質な音を立てる床は磨きに磨かれているらしく、うっすらと人影を映し込んでいる。
「珍しいな、。お前が選手控えにくるのは」
「うん、そうだね。迷惑だろうけど我慢してくれるかな」
影山が気がかりで、できることなら選手たちと行動を共にする方がいいと判断した。
響木も指揮監督を受け持つ意味でも行動を一緒にする方が楽だろう。
後者はともかく、前者の理由は話すと余計な不安を煽りそうで、修也の言葉に困り、ちょっと笑いながら謝罪の言葉を述べた。
苦虫を噛み潰したように口元を歪めた修也がじっとを見つめる。真正面からそれを見つめ返して、首をかしげた。
「お前はいい加減自覚しろ」
「……何を?」
「もういい」
疲れたように溜息をつく修也に困惑の声を漏らす。何をどう自覚すればいいのかさっぱりわからない。
ゆっくりと歩みを進めながらどう言う意味かと思考を巡らせるが全く理解できず、最終的には修也に忘れろ、と言われてしまった。
釈然としないまま、はくるりと通路を見回す。
「帝国学園ってなんか、学校っぽくないね」
の言葉に響木が頷く。
「気をつけろよ、何が仕掛けられているかわからない」
その言葉に一年生がわたわたと壁や床を調べ始めた。
木野や夏未が苦笑を漏らす。
同じく苦笑をこぼしたが、浮かない顔をしている音無に気がついた。
いつもならこのタイミングで言葉を挟んで空気を明るくする音無が黙り込んでいる。
「どうしたの、音無さん」
ぽん、と背を叩くとびくり、と小さく肩を跳ねさせた音無が、怒る直前とも泣く直前とも言えそうな表情を見せる。
騒いでいる部員たちに気付かれている様子は今のところない。
「あ、いえ、なんでも……ごめんなさい、先輩」
なんでもない、と言えるような顔色ではない。
原因は間違いなく鬼道だ。先日の言い争いからはぼんやりと二人が兄妹なのだと察している。
兄であり敵チームのキャプテンである鬼道有人の事が気がかりなのだろう。
言うなら盗み聞きであるその話題を音無に伝える事には疑問が残る。非常にデリケートな問題だと思うし、が何かを言ったところでそれが音無の実りになるとは到底思えないからだ。
「大丈夫だよ、心配しないで。きっと全部うまくいくから」
「……はい」
結局、核心をぼかして励ますだけの言葉を音無に伝えた。
複雑そうな顔をみせて、それでも小さく返事をした音無の頭を撫でる。
「ここが俺たちのロッカールームか」
円堂が戸口に歩み寄る。開く前に扉は開き、中から鬼道が出てきた。
音無の顔が強張る。
鬼道、と部員の間に動揺が広がった。
難しい顔をしたままの鬼道が口を開いた。
「無事に着いたみたいだな」
なにか含みを感じる言葉に染岡が噛み付く。
表情ひとつ変えることなく鬼道は染岡をあしらった。
ちらり、とゴーグル越しに視線を感じる。が見られているというよりは、の隣にいる音無を見ているのだろう。
の視線に気付いたのか、音無の表情に耐え兼ねたのか、鬼道はそっと視線をそらした。
時間にすればほんの一、二秒もないくらい、一瞬だ。
そしてそのまま鬼道は立ち去るべく足を動かす。その際壁にもたれて立っている修也と視線を交えた。
引き続き文句を言い続ける染岡とそれを止める円堂。
「勝手に入って、すまなかった」
鬼道は小さくそう言って、通路の先に姿を消した。
「試合、楽しみにしてるからなー!」
円堂が叫ぶ角を曲がった鬼道に続くマントの端がひらりと見えるだけだった。
ぐっと音無が手を握る。
が声をかけるよりも先に音無が口を開いた。
「すみません、私……ちょっと……!」
「音無さんっ」
呼びかけにも答えず音無は鬼道の後を追いかけていく。
伸ばした手を下げ、はそれを見送った。
「修也くん、私音無さんを追いかけるね。試合前の調整しっかりするんだよ」
「ああ、わかっているさ」
それだけ言って修也の前を通り過ぎる。
控え室に入っている部員を振り返ることもせず、駆け足で音無を追った。
暗い通路はどこも同じような作りで、音無がどこへ向かったのか皆目見当がつかない。
すぐに追いかければよかったと少し後悔をしながら、角を曲がるが人とぶつかり後ずさる。
「す、みませ……」
「また会ったな、さん」
顔を上げるとそこには背の高い、サングラスの男。影山零治が笑っていた。
は二歩ほど後ろに下がった。
じっと真っ直ぐに影山を見据える。
「もう一度、君に質問しようじゃないか」
「何度質問されても、あなたの側につくつもりはないです」
ふ、と影山が口を歪める。
強情なお嬢さんだ、と唇が動いた。音は小さく、聞かせるつもりも聞かせないつもりもないようだった。
「私ももう一度、あなたに伝えておくわ。鬼道有人に見限られたのならその時点で諦めなさい。未練がましい男は嫌われるわよ、見苦しい」
影山は表情を一切変えない。
は一瞬でも影山から視線をそらさないように意識する。早く立ち去れと願いながらまっすぐ睨みつける。
「忠告しようじゃないか。大人をあまり甘く見ないことだ。そして、君たち雷門イレブンはこの試合に勝つことはない」
そこで言葉を切った影山がにやりと笑った。
「怪我をしたくなければ、早く立ち去ることだな」
そう言った影山はの反応を見ることもなく去った。
カツン、と足音を立てて暗闇に消えていく影山を見送って、は溜息をついた。
これから音無を探しても、確実に見つけられない。ひょっとしたらもう戻っているかもしれない。は路を返すべく振り返った。
その瞬間、背後からの衝撃に体の自由を奪われうずくまる。
容赦なく食らわされたもう一撃に眩む視界に疑問を抱く間もなく意識を手放した。
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