土門は河川敷の芝生に腰を下していた。
夕暮れの中、と話した事が思い出される。同じようにグラウンドでは小さな子たちがサッカーをしていた。
自分のやった事に後悔はない。むしろあれを見逃していたらきっと一生後悔していた。
それでも、と考えることはやめられなかった。
背後から足音が聞こえ振り返る。秋がいた。
「昔の私たち、あんなだったよね」
グラウンドを駆け回る子供たちを見ながら、秋は土門の隣に腰掛けた。
きっと秋は土門と同じ事を考えている。アメリカ留学をしていた時の友人、一之瀬の事だ。
沢山の思い出がある。いろいろな約束をした。
一番最後の、一番大事な約束、それは叶わない約束だったけれど。
「あれからボールを見るのも嫌だったなぁ。土門くんはちゃんと一之瀬くんとの約束を守ったのに」
懐かしむように秋が空を見上げた。土門は俯いたまま顔を上げない。
楽しそうな声が聞こえてくる。かつては難しいことを何も考えずに、夢だけを追いかけていられたのに。
「こっちに帰ってきて、円堂くんに会ったの」
おかしいんだ、そう言って秋は突然笑い出した。
土門は視線を秋に向ける。楽しそうに秋は思い出を語る。
「雨が降っててもずっとボール蹴ってて……。さんもね、凄いのよ」
「ああ、それはなんとなくわかる気がするよ」
先ほど、に叩かれた背中を思い出す。
彼女は凄い。そして強い。きっと誰に頼る事もないのだろう。
土門は少しさびしい気持ちでいた。
「優しくて、厳しくて、とっても面倒見がいいの。サッカープレイヤーじゃないけれど、みんなと同じようにサッカー部にいて、楽しそうにしてくれる。円堂くんもそう。まるで一之瀬くんみたいに」
「一之瀬とは違うよ」
土門の言葉に秋は首を傾げた。
そのまま土門は続ける。
「いつも見てるしかなかった、一之瀬の背中を。追いかけても追いつけないんだよ。でも二人は違うんだ。隣を走ってるって、待っていてくれるって気がする」
「土門くん……」
みんな怒っているだろうな。
は「雷門を信じろ」と言った。信じていないわけではないが、そう簡単に許してもらえるとは思っていない。
それにせっかくが背中を押してくれたのに、結局こうやって逃げ出してしまったのだ。信頼を裏切ってしまったようなものだろう。
秋が困ったように土門を見ている。何を言ってもきっとすぐに立ち直れはしないのだろう。
その時、土門の名を呼ぶ声が聞こえて二人は顔を上げた。
突然飛んできたボールに驚きながらも土門はそれを受け止めた。ボールが飛んできた方角を見上げる。
円堂が空を蹴った。
「サッカーやろうぜ!」
「えっ」
「ほら、早く!」
戸惑う土門をそのままに円堂は土手を駆け下りていく。
再び円堂が土門に声を掛ける。土門は嬉しそうに土手を駆け下りていった。
秋が微笑んでその様子を見守っている。
ほとんどPKと化した円堂と土門のサッカーを見て、土手の上にいるは息を吐いた。
「ほんと、おせっかいだったかな。この様子だと」
ぽん、と肩を叩かれて振り返る。
後ろに修也と夏未が立っていた。
「二人とも……どうしたの」
「どうしたのじゃないわよ。急にいなくなるから心配で追いかけてきたのよ」
修也を見ると頷いている。気を遣わせないようにと出てきたのだが、逆に気を遣わせてしまったみたいだ。
ちゃんと説明してもらうからな、と言う修也の言葉に今度は夏未が頷いた。
これは手強い二人組を相手にしてしまったなとは苦笑する。
「よーし、もう一本!」
円堂の声が聞こえて、視線を向けた。修也と夏未も同様だ。
ちらり、と修也に視線を向けた夏未が、微笑みながら言った。
「あなたは土門くんの事、気付いていたんじゃない?」
「円堂だって気付いていたさ。土門のサッカーへの熱い気持ちをね」
土門は雷門の一員だって、学校に残してきた仲間は納得してくれただろうか。一気に新事実を知ってしまって混乱しているだけで、彼らなら土門を受け入れると信じてはいるけれど。
「あーあ、明日からギクシャクしたらいやだよねぇ」
「まったくだな、お前が変な気を遣うからだ」
「なによそれ」
修也の言葉には口を尖らせた。
その様子を見て夏未は呆れたように笑った。
この調子ならきっと大丈夫だ。
「さ、そろそろ帰りましょう」
「そうだね」
グラウンドでサッカーにいそしむ二人を見て、たちは帰宅すべく背を向けた。
次の日の部活の事だ。
昨日円堂や秋と話をして、大丈夫だとは思いつつもやっぱり気まずさは隠せない。
露骨に嫌がられたらそれはそれで傷つくがまだいくらかましかもしれない。変に気を遣われてしまったりしたら。
気まずいと顔に書いたまま土門はそっと部室の扉を開けた。
「よお、土門。遅かったな」
いち早く来訪者に気付いた風丸が談笑をやめ、声を掛ける。
続いて壁山や栗松、少林寺や宍戸たち一年が挨拶をして、染岡が「なんだよ重役出勤か?」と笑った。
「お前ら……」
「早く着替えろよー、マネージャーたち来ちまうぞ」
半田が土門の背中を叩く。
「……ああ!」
土門がしっかりと頷いた。本当に、雷門はいいチームだ。
閉め損ねていた扉から豪炎寺が顔を出す。
横にはマネージャーたちもいた。もちろん、の姿もある。
「さん」
「あ、土門くん」
土門が言葉を探す。
何を伝えればいいのかわからないが、何かを伝えなくてはいけないと思っていた。
が微笑む。
「おかえりなさい、土門くん」
「! ……ただいま」
土門の緊張がほぐれたのを見て秋がほっと息をついた。
一年生たちが昨日の冬海と夏未を思い出して盛り上がっている。
周りの気持ちを代弁するように、染岡が意気込む。
そこに水を差したのは目金だった。
「このFF、規約書によると監督不在のチームは出場を認めないとあります」
目金の言葉に一同は驚きを隠せない。
夏未が慌てた様子で、早口に言葉を紡いだ。
「あなたたちは早く新しい監督を探しなさい!」
サッカー部の部室に、情けない悲鳴がこだました。
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