物陰から音無が出ていく。言い争いをしていたのは聞こえていたが、わざわざ物陰で行われたことを不審に思い顔をのぞかせるとそこには帝国学園のキャプテン、鬼道がいた。
お互いに顔を認識して数秒。
沈黙を破ったのは鬼道だった。
「よぉ、久しぶりとでも言っておくか?」
「そうですね、お久しぶりです。また偵察ですか、それとも情報をもらいに?」
佐久間からも話は聞いているのだろう。スパイの件はに筒抜けだと。鬼道はふ、と小さく笑った。
その笑い方は、この間サッカー協会で話したときの影山によく似ていた。はあまり好きではない。
「……会っちゃいけない、ですか」
「! 盗み聞きとはいい趣味をしているな」
「偶然聞こえたんです。勝手に敷地内に侵入している人には言われたくありません」
けろりと言い返す。鬼道は呆れたように息を吐いた。
は音無が走り去った方角を見る。
「会いたくないわけではないんですね、よかった」
「……お前に関係のない事だ」
「そうですね。でも、あなたの都合に巻き込まれてやる必要もないってことですよね。助かります」
にっこりと、いっそ晴れやかな笑顔を浮かべてが言った。
鬼道は眉間に皺を寄せる。
土門がよこしてくる人物像と認識が異なる。そして冬海が言うデータとも。
少なくとも、どちらのデータにもこうも簡単に人に毒吐く性格ではない、と記されている。
そういうなら佐久間が実際に少し話をした時の様子を話してくれたが、それとも異なるように感じる。
そういえば、と唐突にが話題を切り出す。
「あなたの顔を見て思い出したんですけど、私あの時の伝言伝え損ねてます。ごめんなさい」
「伝言……?」
「あ、忘れてた? じゃあいいかな、べつに……」
「……FFの事か?」
こくり、とが頷いた。
鬼道は再び息を吐く。すごくどうでもいい。
「溜息ついてたら幸せが逃げますよ。ただでさえこの世の不幸を一人で背負ってるみたいな辛気臭い思い上がりしてる顔してるのに」
「それはどんな顔だ」
「鏡見ます?」
「遠慮しておこう。しかしお前の暴言は容赦がないな」
鬼道が苦笑を漏らす。
は首を傾げた。
さらりと黒髪が重力に従って流れる。
「土門もお前に関わってしまったのだろうな」
「それはどういう意味ですか」
いや、と鬼道は首を振った。
呆れと驚きと、いろいろな気持ちがこもっているのだろう。鬼道は小さく笑った。
「寝返られるとはな。土門には期待していたんだが」
「あなた、きっと国語の成績悪いんでしょうね。それも文章題」
「……突然何を言っている」
怪訝そうに眉尻を吊り上げて鬼道がを睨みつける。
は気に留めた様子もなく言葉を続けた。
「問3)この時の主人公の妹の心情を答えなさい。そういう問題で間違えるでしょ」
それだけ言ってはくるりと鬼道に背を向けた。そのまま歩き出す。
慌てた様子で鬼道はの肩をつかむ。
それに少し驚いた様子では振り返った。そしてぱちぱちと瞬きをする。思ったよりも近い位置に顔がある。
鬼道はぼんやりと睫毛が長いなと明後日な事を考えていた。
の「何か用ですか」というセリフに、はっと意識を呼び戻し一歩はなれる。
「さ、さっきのはどういう意味だ」
「えー、私赤ペン先生じゃないのでそのくらい自分で考えてくださいよ」
顔に面倒くさいと書いてある。露骨に嫌そうな表情付きでだ。
鬼道は頭を抱えた。今まで色々な人間を見てきたが、これ程までに何を考えているのか解らない人間を初めて見た。
「でも早いうちに弱点克服しておかないと、後々痛い目見ますよ」
「なんだそれは、受験の話か」
「その辺はご自由に」
今度はにこにこと楽しそうに笑っている。まったくわけがわからない。
鬼道がくるりと背を向ける。そのまま歩き出す背中に向かってが声を掛けた。
「雷門は負けませんよ。どれだけ情報が渡ったところで無駄です。雷門は試合の中で進化する」
「肝に銘じておこう」
小さく笑って、鬼道はひらりと手を振り建物の裏手から校門へ向かっていく。
角を曲がる寸前に、最後にちょっとだけいいですか、とが呟いた。鬼道はちらり、と視線を向け先を促す。
「影山零治には気を付けて、彼はなにかを企てているから」
「……じゃあな」
それからはどちらも声を掛けず、振り返ることもせず別れた。
翌日。
うまい具合に練習が進んでいた。それを中断させたのは一人の声だった。
「ば、バスを、ですか!?」
焦ったような叫び声に足を止める。顧問の冬海が冷や汗を流しながら、夏未に詰め寄られていた。
近くにいた風丸に声を掛ける。
「風丸くん、これは一体……」
「いや、わからない……雷門さんが急に」
遠目に一同は夏未と冬海のやり取りを眺める。誰も何が起こっているのか、わかっていないようだった。
結局夏未に押し切られバスを運転する事になったらしい。冬海と夏未が車庫へ向かっていく。
尋常ではない空気に周りも練習を中断し、後についていった。
バスに乗り込みキーを差し込む。
夏未が早くしろと声を掛けるが一向にバスを動かす気配が見られない。
数回の押し問答の末、冬海はできません、と言いハンドルに突っ伏した。
「どうして?」
「どうしても、です!」
ふう、と息を吐いて夏未は懐から一枚の手紙を取り出した。
冬海はなんだそれはと言わんばかりに夏未を見ている。
すうっと夏未が息を吸い込んだ。凛と通る声で手紙を広げる。
「ここに手紙があります。これから起ころうとした、恐ろしい犯罪を告発する内容の手紙です」
夏未が手紙の内容を冬海に言い捨てる。
冬海は観念したように顔を俯けた。頭を抱えるようにして脱力している。
はちらりと土門を見る。土門はそっぽを向いて困っているようだった。
土門の背を軽く叩くと、大げさなほど驚いてそれから、泣き出すのではないかという表情で笑った。
きっと土門は自分の信じる道を選んだのだろう。それなら後悔はしないはずだ。
「雷門を、信じて」
隣に立つ土門にだけ聞こえるよう、小さな声では言った。土門は小さく頷いて見せた。
視線を冬海に移す。
車から降りている冬海に、イレブン全員が睨みつけるように視線を送っている。
「あなたのような教師はこの学校を去りなさい!」
夏未のセリフを皮切りに、冬海は笑い出した。
自分を正当化するかのようなセリフを吐き、置き土産というなの爆弾を、置いた。
「帝国のスパイが私だけだとは思わない事だ。……ねえ、土門くん」
辺りがざわつく。
視線は冬海から土門へと移った。
隣に立つは土門と同じように、正面からいくつもの視線を見返す。
「ま、待てよ皆。俺は土門を信じる。な、土門!」
円堂が視線の壁になるように土門の前に入り込む。
そして笑いながら土門を見上げた。
「円堂……冬海の言う通りだよ……わりぃ」
土門は円堂の信頼に耐えられないようだった。スパイだったという事実を一番気にしているのは土門なのだ。
円堂が呼び止めたが土門はそのまま校門を抜けて走り去っていった。
いつの間にか冬海は姿を消していた。
「土門くん、こうなることを解っててこの手紙を書いたのよ」
夏未から手紙を受け取って、はそう言った。
木野が横からそれを見て、土門くんの字だ、と呟く。
それを聞いた瞬間、円堂は走り出していた。あとに木野も続く。
その場に筆舌しがたい沈黙が訪れる。
沈黙を破ったのはだった。。
二人を見送って、息を吐く。
「土門くんを責めるならさ、私も同罪だからね」
が小さく笑う。
修也がどういう事だ、とまっすぐに見つめてくる。
こういう時の修也の視線って苦手だな、と考えながら口を開いた。
「私、知ってたもの。土門くんがスパイなのも、冬海さんがスパイなのも」
先ほどと同じように、空気がざわつく。
冬海の事は予測の範疇を出ていなかったが考えが及ばなかったわけではない。
佐久間から、FF参加校のほとんどに帝国のスパイが入っていることを聞き出していた。そして、それの大半が顧問であることも予想済みだ。身近に置く方が動かしやすいに決まっている。
「知ってて、黙っていたというの?」
「……ごめんね、夏未さん。まさかこんな大がかりな事故を仕組んでくるとは思ってなかったけれど」
じっと視線を送ってくる夏未に謝る。
あまり公に知らせる訳にもいかなかったのは事実だ。
土門や冬海に利用価値があると影山に判断されていたのなら、知った人から危害を加えられていた可能性だってある。
今やその心配はないだろうけれど、それでもリスクは最小限に抑えたかった。
「でも私、土門くんの事を信じてたから。そして、土門くんはちゃんとそれに応えてくれたよ」
「そうね、彼は、自分の立場を犠牲にする覚悟で、私たちの命を救ってくれたわ」
夏未がそう同意する。雷門イレブンは各々、思うところがあるらしく、少し考え込むような表情を作っている。
それも仕方がない事だとは苦笑した。
「私、今日はこれでお暇するね」
「えっ」
音無に声を掛けてはその場をあとにした。
修也も音無の肩を軽くたたき、そのまま校門をでる。
「まったく……音無さん、後の事は頼んだわよ」
「は、はい……」
呆れたように夏未がため息をついて、そして二人の後を追いかけて行った。
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