数行ほどのメールは、場所と時間が指定されていた。おそらく来いという事なのだろう。日付は今日だ。
間違いメールか何かだろうと画面を操作していたが、最後の一行に息をつめた。
影山零治。そう書かれている。
完全に罠だ。出したのが影山でもそうでなくても確実に何かある。
呼び出されて向かった先はサッカー協会本部。受付で影山の名前を出せば、すぐさま部屋を案内してくれた。
部屋の扉をノックする。少し待っても返事は聞こえない。は扉を開けた。
ちょうど扉とは対角あたりに影山は立っていた。楽しげに笑っている。
「よく来てくれたな、感謝しよう」
「まあそんな尊大な態度で感謝なんて言葉が出てきたわね」
扉の前から動かないまま、はすぱりと言い捨てた。
まあ、閉めなさい。と影山に促され扉を閉める。すぐにでも外に出られるように鍵はかけない。もちろん、影山自身が手を出すとは思ってもいないが。
「気を悪くするな。私は君に一つの提案を持ちかけに来たのだから」
「先に言っておくけれど、帝国には付かないわ。もちろん、あなたにも」
そういうと一層愉快だと影山は声を出して笑った。
何が楽しいのか、には一切理解できない。
「まるで私と帝国が違うもののように話すな」
「違うものだわ。だってあなた、帝国なんてどうとも思っていないもの」
影山零治。
帝国学園のサッカー部顧問、そして総帥。サッカー協会の会長。
サッカーに深く関わるくせにサッカーを歪んだ形でしか愛せない人間。
「都合がいんでしょう、あなたにとって帝国学園は」
「賢く、そして手厳しい御嬢さんだ。提案を聞く前に蹴ってしまうとは、何とも残念な話だよ」
残念、だなんて言葉だけで、声色も表情も、ほんの少しもそう感じていない。
は眉間に皺を寄せた。
吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「それで諦めてくれるのならこれ以上に素晴らしいことってないわね」
「なにか条件を付けようじゃないか。君の才能は放っておくには惜しい。何が望みだ。成功を約束しようじゃないか」
「結構よ、汚い手で叶えられる願いなんて持っていないから」
影山は低く笑った。
「何のことかね」
「豪炎寺夕香、円堂大介。それに小野という名前、あなたには心当たりがあるはずよ」
「……面白いお嬢さんだ、想像力の逞しい」
「動揺しているのが筒抜けよ。やましい事はそれだけじゃないって、顔に書いてある」
「そう思うかね。そうだとしたら、君はどうするというのだ」
「どうもしないわ、いいえ、どうもできない」
証拠があったとしても当事者でも、まして中学生のの言葉なんてどこにも届かない。届いたとしても40年前に影山が手を下した事件はとっくに時効になっている。最近の事件においては、影山を捕まえたところで証拠不十分で釈放になるだろう。
「その通りだ。私が捕まるという事はない。そもそも根底からして君の想像だ」
「どうかしら。少なくともあなたのもとで成功する気はないの。きっとうまくは行くのでしょうね、大物にだってなれるわ、順風ならばね」
「そこまで考えていてきみはなぜそうも頑なに私の手を拒むのだ」
「愚問だわ。なぜ私があなたの手を取ると思うの。鬼道有人をうまく扱えている気でいるのなら思い上がりも甚だしい事ね」
影山はそこでようやく表情を変えた。
は笑った。少しだけ影山を憐れんでいた。
「なんだと」
「いずれ彼はあなたのもとを去る。悔やんでも遅いのよ、もう時がくるのだから。あなたは鬼道有人に捨てられる。せいぜい今のうちに思い上がっていなさい」
言いたい事を好きなように言って、頭を下げて部屋を出た。影山がどんな顔をしていたかは知らない。
サッカー協会の本部を出て少し歩く。
近くの電信柱に手をついた。地面を見つめる。
「……やってしまったあ」
言いたい放題言い捨てた数分前の自分に心から後悔していた。
少なくとも年上でしかも何の根拠もない言葉をどすどすとぶっ刺してきてしまった。っていうか小野って誰ですかマジで。どこから出てきたんだ、その人物。
影山が狼狽えていた様子からして本当に何かかわりのある事なのだろうけれど、よくもまあ口をついて出てきたものだ。
修也以外に対して気が短いのは自覚していたが、なんというか、極端だ。
は溜息をついて、ゆるゆると秋葉名戸学園に足を運ぶのだった。






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