は困っていた。
今日はFFの予選会準決勝の試合の日。だからいつものように観客席に足を運んだ。学校の立地が自宅に近いため雷門イレブンとほぼ同じように秋葉名戸学園に向かって、いつもと違うのはここからだ。
観客席に続く扉に手をかける。しっかりと抵抗が返ってきて施錠されているのが分かった。
「ここも……?」
一通り案内に沿って回ってみたのだがどこも入れそうなところがない。誰か近くの人を見つけて聞いてみたほうが早いかもしれない。は首を傾げ、そう考えた。突如、背後から声がかかる。
「お嬢様、よろしいですか?」
「……え、あ、はい」
驚くほどの猫なで声とお嬢様、という呼びかけには自身が呼ばれていたことに気付かなかった。数秒のタイムラグの後振り返り返事をする。
いかにもなメイド服に身を包んだ少女がかわいらしく小首を傾げて佇んでいた。
「サッカーの観戦でございますか? 見た所雷門中学の生徒と思いますっ」
「そうですけども……ここ客席じゃないんですか?」
「こちらは現在、諸事情によって封鎖しております。もうしわけございませぇん。さ、こちらへどうぞ」
語尾にハートやら音符やらつきそうな声色の少女に手を引かれは足を動かす。
少女に悪意があるようには見えないが、サッカーの試合をするのに客席に入れない諸事情とはいったいどういう事だ。
は引かれるがままにグラウンドに降りてきた。ここにを連れてきた少女は一つ頭を下げて立ち去る。
壁際にいた夏未が首を傾げた。
「客席にいるんじゃなかったの?」
「ん、それが、なんだかおかしな事に……っていうか夏未さんかわいいね」
「よっ余計な事は言わないで! 忘れさせて頂戴!」
夏未はぷいっと顔を逸らした。
動きに合わせてメイド服にあしらわれたレースが揺れる。長い髪もふわりと動いてかわいらしい。
何故私がメイド服なんて、と呟いているがよく似合っている。かわいい子は何を着ても似合うしかわいい。そう言えばきっと照れて怒るのだろうけれど。
くるりとベンチを見れば木野や音無もメイド服に身を包んでいる。それもすべて異なるデザインだ。
夏未とは違ってなんだか嬉しそうに着こなしている。
「秋葉名戸の人たちアップする気ないのかなあ」
試合直前でもゲームをしたり玩具で遊んでいる秋葉名戸イレブンを見る。もうすぐ始まるというのに、そんな気配は見られない。コスプレのような格好のまま試合に出るつもりでもあるようだ。
「異色なチームだ」
「そうだね、何かサッカーをしたいわけではなさそうな感じ」
少しずれて席を作ってくれた修也の横に腰掛ける。
秋葉名戸は、サッカーをやるのに「サッカーをしたい」以外の理由がある、そんなチームだ。
「マネージャーの方ですかぁ?」
猫なで声を掛けられ顔を向けると、やはりそこにはメイド服に身を包んだ少女が立っている。今度は二人だ。
何故声を掛けられたのかは解らないがは首を横に振った。
となりで修也が訳知り顔をしている。
「あれれ、お客様でしたか。ですが、こちら関係者以外立ち入り禁止ですよぅ」
「客席に行こうとしたらここに案内されたんですが」
「それは失礼いたしましたぁ。ごゆっくりお楽しみくださぁい」
もはやルールなのかと言わんばかりに徹底された猫なで声と語尾に記号が付きそうな口調には苦笑した。
少女たちは頭を下げて立ち去った。
「今のなんだったのかな」
隣に座る修也に声を掛ける。そっぽを向いて修也はさあな、と答えた。
衣装等を見る限りは接待をしているメイドなのだろうけれども、彼女たちは中学生だ。
秋葉名戸はコスプレをするのが決まり事なのだろうか。
「私、雷門に転入してよかったなあ」
「秋葉名戸と悩んだと言っていたな」
が悩んでいたわけではない。母が悩んでいたのだ。秋葉名戸の制服可愛い、でも雷門も可愛い。そんな理由でとても悩んだらしい。
「それなら俺たちは、さんと出会ってなかったかもしれないんだな」
「いや、もしかしたらメイド服着てるに、ここで会ってたかもしれねえぞ」
風丸と染岡が笑う。
何故がメイド服を着ているという前提なのかは解らないが、はそうかもしれないね、と笑って返した。
学校自体が近いのだから、ひょっとしたら出会っているというのはありうるだろう。修也も雷門に転入している事だし、顔を合わせるくらいはきっとするのだろう。
でも試合の時にグラウンドで顔を合わせることはきっとない。は試合には出ないし、マネージャーにはならないのだから。
選手に集合がかけられる。ぞろぞろと両チームがグラウンドに足を運んでいく。
すっと隣によってきた夏未を見上げる。
「ずるいわ、さん」
「え、なにが」
「制服のままだなんて、ずるい」
むう、と頬を膨らませる夏未を抱きしめたい衝動に駆られたのは内緒だ。そんなことをしたら怒られるに決まっている。
高らかにホイッスルが鳴って試合が始まった。
意識を夏未からグラウンドに移す。最弱と言われたチームが勝ち残っているからには何かしらの理由があるのだろう。
今日は修也がいるから客観的に見る立場であるの意見はいらないはずだ。しっかり観戦に集中できる。



雷門イレブンは、秋葉名戸の独特のテンポに乗せられてしまったようだ。普段の動きが出せていない。
予想しない相手の行動もペースを乱される原因だろうが、相手を弱いと舐めているから上手く噛み合わないのだろう。
「もっとしゃんとなさい! 相手の思うままじゃないの」
夏未の叱咤にも困ったように眉根を下げるばかりだ。雷門イレブンも分かっているはずだ。
このままだと、うまく攻めきらないうちに失点もありうる。
敵が攻めてこないと高を括っていると痛い目を見るのだ。油断をしてはいけない。
隣にいる修也に声を掛ける。
「このチーム、きっと後半重視なんだろうね」
「ああ、体力温存が目的のようだ」
「言っちゃなんだけどさ、体力があるようには見えないもんね、あの人たち」
そんなに威力のあるシュートを打つFWがいるようには見えないので、主力は合体技だろうか。
後半重視だとしても点を取られるなら勝てないだろうから、DFも何か隠していると考えられる。
ホイッスルが鳴る。前半戦が終わりを告げた。
一向に調子を戻せないチームはとても疲労している。
「くそっ、あいつら何なんだ!」
「僕にも予想外ですよ、まったく攻めて来ないなんて」
お前な、とあきれ返った声が聞こえる。
それを尻目には小さく言葉を漏らす。
「こういうの、なんて言うんだっけ。獅子は兎をとるのにも全力を尽くす?」
「ちょっと違うぞ」
「油断はするなって事が言いたいんだけど、それができてないのよね今」
雷門イレブンを見る。調子の狂う試合展開に疲れが見えている。運動量自体はそんなに多くないのにもかかわらず、だ。やはり試合は技量だけで決まるものではないのだろう。
後半戦が始まるホイッスルが鳴る。それと同時にの携帯電話が振動を繰り返した。
ポケットから取り出して画面を確認する。見知らぬアドレスからのメールが一件届いていた。
首を傾げながらもメールを開く。内容はいたってシンプルで、数行程だ。
最後の一行に目を通しては動きを止めた。
がたり、と立ち上がると携帯をポケットに突っこんで路を返す。
「おい、っ」
「ちょっと、さん?」
「ごめん、悪いけど席外すね。荷物お願い」
困惑する夏未や修也に一言声を掛けベンチを出た。







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