FF予選大会の二戦目、御影専農との試合の前日の朝の事だ。
「どうしてですか!? なんで観客席に……」
「なんでって言われても……だって私は部外者だもの」
「先輩は部外者じゃないですよ!」
捲し立てる音無に対して困ったようにが苦笑する。
夏未が呆れたように溜息をついた。
「こうなったさんは説得するの、難しくてよ」
むくれる音無の頭をぽんぽんと撫でた。木野が仕方ないよ、とフォローに入る。
本当に申し訳ないのだが、ベンチに入るつもりはないのだ。入れる人数の限られているあの空間に邪魔するのは心苦しい。
それに深く関わりたくないと思ったのも確かだ。今となっては何故だか分からないが、幼い頃からそう感じていたのをはっきりと覚えている。
「さんったら、送っていくっていうのも断るんですもの」
不満そうに夏未が口を尖らせる。
快適な車での送迎はとても魅力的なのだが、世話になりっぱなしというのも居た堪れない。御影専農ならさしあたって不便な場所でも遠い場所でもない。
「先輩っ、ちゃんと応援してくださいよ!」
「もちろん、任せて」
ベンチにいようがいまいがそれは確実に行う。
未練があるのだろうが一応納得はしてくれたらしい音無が頬を膨らませながらこちらを見ている。
ごめんね、ともう一度謝ってから明日の試合に向けての準備を手伝い始めた。
学校案内のパンフレットを見る。見比べて正しく目的地にたどり着いたことに安堵した。
電車とバスを乗り継いで、最後に降りたバス停から徒歩十分ほどで、大きくてきれいな校舎にたどり着いた。御影専農である。
そういえば雷門は別の学校に訪れてばかりなのだがそれはわざとなのだろうか。大会が始まってからは一度も雷門で試合をしたことがない。設備が整っていないと言われればそれまでなのだが野生中においていうなら雷門は負けていないと思う。一種のひいきに思えなくもないが、まあ新参者への扱いがひどいのだという事にしておこう。いつだったか染岡が言っていたように。
観客席にはそれなりに人で賑わっていた。ごちゃごちゃとするのが嫌で早く出てきたのだがそれでも人は多かった。
早いうちに来て正解だったな、とは息をついた。
「すみません、ここいいですか?」
後ろから声を掛けられて返事を返す。
振り返ってみては驚いた。
「帝国の……」
綺麗な顔の半面を眼帯で覆った少年がいた。確か佐久間と呼ばれていた少年だ。
「仕事はいいのかよ、マネージャーさん」
「いいのよ、だって私マネージャーじゃないもの」
試合が始まるまでまだ時間があるが、隣に座り落ち着いてしまった以上席を外すのも失礼だし、これと言って困る事もないのでは席を移る考えを持たなかった。
そう決めた以上は無視するわけにもいかず、佐久間とのお喋りに時間を費やすことにしたのだった。
しかしのせりふに佐久間は顔を顰めた。
「じゃあお前何してるんだよ、サッカー部に出入りしてるんだろ」
「明け透けね。それでも何してるかまでは知らないのかしら」
おそらく土門から、がスパイの事を知っているという情報は入っているのだろう。
佐久間が口を尖らせる。知らないのだろう、知る筈もないだろうが。は何かをしているというわけではなく、ただ単純にサッカー部のお手伝いをしているだけなのだから。傍から見れば本当に何をしているのかだなんて分からないのだろう。
「そういえば、今日はあの人はいないのね」
「あの人? ああ、鬼道さんね。今ここにいるのは俺だけだよ。同じ場所で見てもしかたないだろう」
いつみても、と言ってもまだ数えるほどしか見た覚えはないがいつも一緒にいるから、今日もいるのかと思っていた。目立つ人物というのはいろいろな意味で目印になるというのに今日はいないのだという。いたらきっと許可する前に気が付いていたのだろう。気付いていたところで断ったとは言い切れないが。
「お前さ、作戦立てられるの?」
「作戦ってサッカーの話よね? 無理に決まってるじゃない」
観客席から遠く離れたグラウンドを見る。ちょうど選手が入場してきた所だった。
ここからの眺めもなんだか懐かしい。昔はよく見ていたものだけれど少なくもここ一年は見ていなかった。場所は始めてくる所だし、よくわからないオブジェクトも置いてあるしで違和感は拭いきれないが、やはりここはサッカー場の観客席なのだ。
「じゃあさ、サッカーできたりとか?」
「まさか。私試合したことないわ」
「ほんと何にもできないんだな」
「何かできるなんて言った事も思った事もないけど」
何を期待されていたのかわからないが、ひとしきり質問をした佐久間はつまらなそうに背もたれに身体を預けた。
何が聞きたかったのかとは首を傾げる。
長いホイッスルが鳴り、試合が始まったのだと知った。
佐久間から意識をグラウンドに移す。
しばらく試合を見ているとぽつりと声が聞こえた。
「どう思う?」
まさか試合中にまで話しかけられるとは思っておらず、え、と聞き返した。
佐久間はグラウンドを見たままもう一度同じように繰り返した。
「ん、と、看板にウソ偽りなしって感じかしら。データサッカーの名は泣いていないわね。先制点をとれるかどうかで試合の流れは変わりそう」
御影専農のサッカーはスポーツという感じがしない。シュートの成功率を下げさせる、威力を下げさせる。
雷門の試合運びをきっちり分析している相手だ。雷門は得点を修也に頼りがちなところが大いにある。
もちろん、染岡もシュートを打つし得点になるが、いざという時に修也にボールを集めるのは雷門の通例だ。
ファイアトルネード、ドラゴントルネード、イナズマ落とし。すべて修也を要にした得点源だ。修也が試合に出られなくなった時、雷門はいったいどうするのかという疑問は今は横に置いておく。
尽くシュートを止める相手もなかなかの実力を持ったチームだ。さらにいうなら未だ無失点を誇るGK。
雷門が取られたデータ以上の動きをしない限り、勝利はないだろう。
作戦立案も試合もできないにわざわざ尋ねる理由は解らなかったが、思った通りに答えておく。改善点などは伏せてだ。おそらく相手も気付いてはいるだろうが。
佐久間がぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「なにか変なこと言ったかしら」
「いや、思ったより素直に返事が来たからな」
「あら、どうせこの学校にもスパイがいるんでしょう? 情報なんてどこで集められても同じよ」
集める人間の技量にもよるが。同じ情報ならどうせ行きつく先も同じなのだし、隠すほどの情報でもない。回りくどくしつこく来られるよりよっぽどいい。
ちらりと視線を佐久間に向ける。
唖然、というより絶句という感じか。佐久間は驚きに目を開いてを見ていた。
「お前、帝国にスパイでも入れてるの」
「そんなわけないでしょ」
苦笑を返す。
自分の発言での発言を肯定していることに佐久間は気が付いているのだろうか。
帝国学園はその実、頭の弱い集団なのかもしれない。はぼんやりとそう思った。
長いホイッスルが鳴る。
「あー、入ったな」
「そうね、入っちゃったわ」
「これで雷門の勝ちはなくなった」
「最後まで、試合結果なんてわからないわよ」
「それはどうかな」
佐久間が嘲るように笑った。
キックオフで蹴り出されたボールはすぐさまあいてのFWに奪われる。
そして攻め込んでくるわけでもなく、ボールはチームメイトの間を緩やかに行き来した。
「下衆な手を使うわね」
「まあ、面白いものではないよな」
「それも帝国学園の十八番なのかしら」
御影専農は試合をするつもりがないらしい。このまま前半を、ひいては後半もボールをキープし続けるのだろう。
前半終了の笛が鳴るころには観客席も静まり返っていた。
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