うひゃ、と上から間の抜けた声が聞こえて顔を上げた。
続いて円堂の、控えめだが驚いた声が聞こえる。
豪炎寺が呆れたように息を吐いた。
「どうかしたのか」
階段を上り、上を歩いている数人のすぐ後ろに並ぶ。
豪炎寺に抱えられたの姿が目に入った。
「ど、どうしたんだ……」
「なんでもないのよ風丸くん、ごめんね騒がせて」
先頭が留まっているため後ろからざわざわと声が聞こえる。
通路自体そんなに広くないので混雑しているのだ。
「取りあえず外に出ようぜ」
「そうだな」
押し出す様にぞろぞろと階段を上り外に出る。
この階段は結構急な角度で、さらに言うなら長いから中々に疲れる。
「疲れたなー」
外に出れば辺りはオレンジ色だった。
だいぶ日が長くなってきたなあ、と風丸は大きく伸びをした。
「気を付けろよ」
「うん、ごめんね」
「注意したばかりだろう」
会話の流れでようやく何が起こったのかを知った。
あの長い階段からは足を滑らせるか何かしたのだろう。そしてそれを豪炎寺が支えた。
ついこの間、歩道橋から落下してからの今日も階段落ちだなんて嫌すぎる。
「危ないなあ、気を付けないと」
「気を付けてはいるんだけどね、どうも相性が悪いみたいで」
困ったようにが笑った。風丸もつられて苦笑する。
そこでが控えめにあくびをした。豪炎寺が眠いのか、と声をかける。
はんー、と首を少し傾げてちょっとね、と言った。
ここ数日、夢見が悪いという。
「なんだか妙な夢を見るのよ。大した夢じゃないんだけどね、寝た気がしなくって」
「それでふらふらしているのか。もうお前しばらくここには来るなよ」
豪炎寺が眉間にしわを寄せて言った。
今回はちょうど豪炎寺が受け止められたからいいが、あの高さからあの距離を落下したら大惨事だ。
言い方は少しとげが強すぎるけれど、も風丸もその意見には賛成だった。
「そうだ、木野さんたちが飲み物とおにぎり用意してくれてるって」
「ほんとか!」
聞くが早いか円堂が目を輝かせて振り返る。
にこにこと笑ってがちゃんと手は洗うんだよ、と言った。
走る円堂につられるようにして豪炎寺と風丸も部室へと向かう。
「さんは行かないのか」
「ちょっと用事があるの。あとで行くから気にしないで」
そういってはひらひらと手を振った。
風丸も気にすることなくそうか、とだけ返事をした。
小さな溜息には気付かなかった。
くるりと振り返ると何か言いたげな土門が立っている。
今朝から顔を合わせるたびにそんな顔をされると気になって仕方がない。
「土門くん、何か用事があるんでしょう?」
あ、の形に口を開いて、土門は口をつぐんだ。困った様子で頭を掻く。
用事がないなら意味ありげに視線を送るのはやめていただきたい。と、そう言えば土門はどんな顔をするのだろうか。
きっと今以上に困った顔をするのだろう。
としては、土門に話す気がない以上は掘り下げる気もないのだ。
「じゃあ私は部室に戻るけどいいかな」
「いや、ごめん。やっぱり用事」
返しかけた体を向き直らせる。
背の高い土門を見上げた。
「その怪我なんだけど」
「大した怪我じゃないわ。ちょっと大げさなだけ」
その事についてはすでに説明済みだ。本当に大した怪我ではない。
土門が視線を逸らした。後ろめたい事があると出る土門の癖だ。
「土門くんが気にすることじゃないでしょ?」
「それは……」
「……たとえ土門くんが帝国学園の人間だったとしても、それとは関係ない事だよ」
は声量を少し下げて控えめに言った。
今のところ、辺りに人はいないが誰かに聞かれでもしたら大事になる。できる事なら面倒事は少ない方がいい。
「なんでそれ知って、っていうかなんで知ってて……」
「黙っているのかって?」
眉尻を下げては笑った。
誰も知らずに済むのならそれが一番いい。情報が筒抜けになるくらいなんでもない事だ。相手のチームの情報を集めることくらい誰だってする。
スパイ行動については修也や木野、夏未たちに危害が加わらないのならは放っておくつもりだった。
「一体どこまで知ってるんだよ」
「私は何も知らないよ。強いて言うなら勘かしら」
ただの勘である。なんとなくそう感じるままに行動しているだけなのだ。
事故の件も土門が接触してきたから確信を得ただけで、憶測の域を出ないものだ。
土門はスパイには向いていない性格をしている。土門を選んだ人物は人の本質を見抜くのが苦手なのだろうか。
土門の視線が真っ直ぐにに向かっている。も真っ直ぐ見返した。
「帝国の、いや、俺の事。皆に黙ってるつもりなのか?」
「言い出し難くって私から皆に伝えてほしい、って事じゃないなら言うつもりはないかな」
「本当にいいのかよ」
「本当にいいのよ。だって土門くんいい人だもの、そこは信頼してる」
土門が困ったように小さく笑った。
いい人が過ぎて自分から不幸に身を投げなければいいのにと不安になるくらいに土門はいい人で、そんな心配をするくらいには土門の事を気に入っていた。
校舎の方角から音無の声が聞こえた。どうやらを探しているらしい。
「音無さん、今行くわ! じゃあ土門くん、またね」
「ああ、悪かったな引き止めちまって」
ひらひらと手を振って土門と別れる。
は小さく息をついて、校舎の脇から手を振っている音無のもとへと歩みを進めた。
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