イナズマ落としは、ギリギリまで特訓していたのに結局完成には至らなかったと修也に聞いた。
壁山が何度やっても高いところに慣れることができないらしい。別に無理をすることはないのだ。できない事の一つや二つ、誰にでもある。できる事をやればいい。
修也も自分でできる限りの最善を尽くして特訓していた。本気で点を取りに行く気なのだから感心を覚える。同時にそれでこそ修也だと思った。
野生中へと向かう車の中で、いざとなればきっと何とかなるとは考えていた。
「さん、もうすぐ着くわよ」
「本当? わざわざ乗せてもらってごめんね」
隣に腰かける夏未に向き直る。
気にしないで、と言って夏未がふわりと笑った。
部員でもないのに部の車に同行するのは気が引けて、それでも電車の最寄駅がかなり遠いという野生中へ行く手段に夏未が車を回してくれると言ったのだ。
随分と居心地のいい道中を過ごし、止まったのは山中の拓けたところだった。
少し先、と言っても見える位置にサッカーのグラウンドがある。
雷門イレブンはすでにアップを始めていた。
「ちょっといいかな」
試合を目前に浮き足立っている円堂に話しかける。
なんだ、と振り返った円堂が首をかしげた。
「野生中のプレイスタイルなんだけど、個人技が高いチームなのは知ってる?」
「ああ、聞いた覚えがある。自然で鍛えたとかなんとか」
「2番の彼は高さに秀でたプレイヤー。普通に競ったら負けるわ。11番は足が速いから動きを読んで早めにプレスをかけたほうがいかも。5番も注意ね。DFなんだけどすごい勢いで来るから」
修也がきょとんとした顔で口を開く。
「詳しいな、。調べたのか」
「そう、だね。そんなところ」
ずいぶんと歯切れが悪くなってしまったが、修也は気にならなかったようでそうか、と返事をして追及してこなかった。
ほっと胸をなでおろす。深く尋ねられるようなことではないが、もし尋ねられでもしたら困るのだ。
なにせ調べたわけではない。なぜだかそう思ったのだ。そう知っていて、それは正しい事だと理解していた。
修也に聞かれてようやく思い至ったが、なぜ知っていたのかが自分でも分からない。
そういえばそんな事が前にもあった気がする。
思考の海に沈む寸前に壁山が声を上げた。
トイレに行くと言った壁山を数人のメンバーが抑え込んでいる。
そうだった。まだイナズマ落としは完成していなかった。
緊張しきっている壁山にそっと近付き声をかける。
「あのね、壁山くん。怖かったら別にそれでいいのよ」
「ど、どういう意味っスか」
頼りなく下げられた眉尻を見て苦笑する。せめて妙な緊張を解そうと言葉を続けた。
「怖いのは怖いままでも問題ないの。無理に怖くないと思わなくたっていいんだから」
「それじゃよくわかんないっスよ」
「あはは、それでもいいよ。さ、試合頑張ってこないとね」
ぽんぽんと壁山の背を叩く。
えええ、と困ったように縮こまる巨体をグラウンドに向かって軽く押した。当然よろめきもしないわけだが、狼狽えながらも自分の足で歩いて行くのを満足した気持ちで見送っる。
ここで試合に出るつもりがないようならどうしようもなかったが、試合に出る気があるなら大丈夫だ。
練習でしたことは必ず本番に繋がっている。あれだけ真剣になって必死に特訓したのだから、きっとどうにかなる。
ふう、と息をつく。
隣に来た修也が口を開いた。
「壁山は大丈夫そうか?」
「どうだろうね。私は何とかなると思ってるんだけど」
そう伝えると口角を上げて、それなら大丈夫だと言わんばかりに修也が笑った。
ぽんぽんと頭を撫でられる。
それは夕香にする動作とよく似ていて、やはり妹代理として扱われているのだと思った。
気が済むのならそれはそれで構いはしないのだが、決していい事だとは思わない。
修也が退けた手をひらりと振ってグラウンドに上がっていく。行ってらっしゃいとそれを見送った。
がさあ観戦しようとグラウンドに背を向ける。ぐるりとまわりを見たがどうにも観戦できるようなスペースがない。
一試合分立っておくのも不可能ではないができれば座りたい。しかし見る限りベンチしか座れそうなところが見つからない。選手が使うそこに部外者でる自分が腰かけるのは気が引けた。
どうしたものかと首を傾げる。少し離れることになるがその辺りの岩にでも腰かけようか。
そう考えたところで腕を引かれて傾く。
とすん、と身体がぶつかったのは音無だった。
「びっくりした、音無さんかあ」
「ふふ、先輩もベンチで一緒に観ませんか?」
ありがたい申し出だ。しかし邪魔になってはいけないと断るべく口を開くより先に音無が腕を引いて歩いていく。
流されるままベンチに座らされその横に音無が腰かけた。音無の隣には木野が座っている。
初めから座っていた土門が隣で苦笑する。
グラウンドから試合が始まる合図が聞こえた。
どこから持ち出したのか音無がメガホン片手に声援を送っている。
試合が始まって数分、ベンチに隣で腰かける土門があのさあ、と口を開いた。
視線を向ける。張り付けたような笑顔の土門と目が合った。
「さん、詳しいんだ」
何のことかと首を傾げる。
サッカーだよ、助言してただろ? と土門が笑った。
「そうでもないよ、ただ修也くんがサッカー大好きだからなんとなく身に付いちゃっただけ」
全部なんとなくそう感じただけの事だ。試合をするのはではないし、自身は試合など出たことがない。
だからサッカーを視るという事はそれなりにできたとしてもサッカーに詳しいというわけではない。
何故なのか根拠のない自信がの発言を支えている。詳しく踏み込まれても説明などできやしない。
しかし土門は話を掘り下げてくる。
「そうかな、なんとなくでできることじゃないと思うぜ」
「ほんと、私も不思議なんだよね。でもなんでかそんな気がして」
「あ、それとさ、修也くんって豪炎寺さんの事だよな。仲いいの?」
少し違和感を感じる。土門の食いつき方が普通でない。
適当なところで煙に巻いてしまうべきだと思った。
しかし切り上げるところが見つけられない。土門は意図的に話題を引き出す会話を続けている。
不意に頭によぎったのは、先日サッカー部の部室前で感じた視線の事だ。続いて尾刈斗との練習試合に訪れていた帝国学園の鬼道を思い出した。
あの時は帝国学園に少しの情報も与えるべきでないと考えた。
それなら情報を得ようとする帝国学園はどうするだろうか。
スパイ。
またしても根拠のない自信がの考えを後押ししている。
少し揺さぶってみるのも、あり、かもしれない。
「ねえ土門くん」
どうした、と愛想よく返事をした土門に笑いかける。
まっすぐに土門の顔を見る。
「どうしてそんな事を訊くの?」
決して今聞かねばならない事ではない。聞いたところで土門に何のメリットもないの情報など尋ねる理由がない。
それをどんどん掘り下げようとする土門の意図を利用する。普通じゃない行動だったと相手に思わせる事ができれば勝ちだ。動揺した相手からは情報が引き出せる。
土門が視線を逸らした。噛みあわなくなった視線のまま土門が笑う。
「なんでって、そりゃあ、さ……オレ豪炎寺さんのファンで、だからだよ」
「それで私から情報がほしいの?」
視線が動く。それでも一向に交わらない。
会話の流れに違和感を持たせないよう意識して言葉を選ぶ。
隣に座る音無に聞かれても問題がないような流れを作る。たとえ聞かれたとしても土門が以上に修也を好いていると捉えられるくらいだろう。
実際に音無に妙な誤解を与えていたのは別の話だ。
土門の様子を見れば確実にスパイだという事は分かった。そしてそんな大がかりな事をするのは帝国学園くらいなものだろう。それでも証拠はないのだ。部活の中で不確かな事を広めるわけにはいかない。
それに彼の癖も分かった。引き上げ時というものもある。
「土門くんさ、体ちゃんと解しておいたほうがいいよ」
逸らされていた視線が噛み合う。突拍子もない発言に驚いたのだろう。瞬きを繰り返している。
グラウンドで染岡にパスが回ったのが聞こえた。
「この分だときっと出なきゃだめだからさ」
「し、新入部員に出番なんかないっしょ」
あはは、と引きつり気味に土門が笑う。急に変わった会話のテンポに戸惑っている。
普段の調子でも笑う。
ほっと土門が息をついた。
「怪我しないようにちゃんとしないとね。帝国で鍛えた実力、楽しみにしてるんだからさ」
「はは、可愛い女子の期待には応えないとな」
ようやく土門に普段のような軽い言動が戻った。グラウンドに立ってもらう以上はしっかりやってもらわなくてはならない。
油断からなのか口止めされていなかったからかは判断が付かないが、確かに土門の口から帝国学園の関係者だという事も聞けた。
グラウンドがざわついて誰かの声が響く。
短く笛がなった。
染岡が5番の選手とぶつかり足を捻挫したのだ。
目金が土門に出場を譲り、試合は壁山をFWにあげる形で再開した。
驚いたな、と土門が頭を掻いてグラウンドに足を向ける。
染岡の手当てをするは向けられた視線に気が付かなかった。
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