タイヤを体に括り付けて跳び上がる。無様な形に着地して、再びより高いところを目指して跳び上がる。そんな事をしているのが二組。
より高いところから正確にボールを蹴る練習をしているのが一人。それに付き合っているのが二人。
各々がやるべき事を探して、鉄塔広場ではイナズマ落としの特訓が繰り広げられていた。
半田はイナズマ落としに関わっていない者たちの練習の指揮を執っていた。
一応先輩だし、正式な部員だし、上手い事できないけど誰かが纏めなきゃいけない事だと、半田は指示を飛ばしている。
放課からずっと動き通しだったからなのか、全体的に動きが鈍くなってきている。
半田が休憩を提案すると皆一様に喜びの声を上げた。半田とて疲れている。
「ホントですかあ!」
「ハードだねえ、ほんと」
「ちょっと休んだら各自でまた練習に戻れよ」
マネージャーが用意してくれたドリンクに手を伸ばし、一気に中身を飲み込んだ。
視界の端に映っていた三人組を見る。
荒い息をしながらも休息を取るつもりはないらしい。
半田はドリンクとタオルを持って近付くと、呆れたように声をかけた。
「根を詰めたって駄目なんだぞ」
「半田、すまないな」
ドリンクを手渡すと三様に感謝の言葉が延べられる。
いいって、と手を振りながらタオルも差し出した。
受け取る時に見えた風丸と染岡の腕はとても赤かった。そりゃあ、靴が踏みつけてるんだから赤くもなるだろう。
濡らしてきた方が良かったかもしれないと、今更ながらに思いついた。
あとでマネージャーにアイシングの用意をしてもらおうと決めて、気難しい顔でドリンクを飲む豪炎寺に話しかける。
「今日は、来ないのか」
「ああ。用事だと言っていた」
「用事なら仕方ないよな」
どうもの意見は鋭いところを付いているらしい。円堂や木野がそう言っていた。
尾刈斗中との戦いも、の意見が役に立ったと聞いた。体力作りをした方がいいとも言われているらしい。
もしが来てくれるのなら、指示はに出してもらった方がいいと半田は考えている。
半田自身が指示を出すほど的確に周りを見ていないというのもあるが、には実はそういった才能があるんじゃないかと思っていた。
何故と聞かれれば根拠はないのだが、半田はそういう点でものことを気に入っている。
「アドバイスしてもらいたかったんだけどなあ」
「ひょっとしたら来るかもしれないぞ」
タオルで顔を拭いている豪炎寺が呟いた。
用事があると言ってたのなら、わざわざ部員でもない女子がサッカーの練習を観には来ないだろう。試合ならともかく、練習だぞ。
そういう気持ちを込めて「えー」と言ってやると、不思議そうに首を傾げた豪炎寺が、聞いてみればいいと言った。
「聞いてみるってお前な。いない奴にどうやって聞くんだよ」
「電話でもメールでもいいじゃないか」
殊更不思議だと言わんばかりに眉間に皺を寄せる。なんか分かってきたけどこいつ無表情でも仏頂面でもないぞ。
笑えばドヤ顔してるし、納得がいかないときは眉間にガッツリ皺寄せてるし、驚いたりボーっとしてたりする時は口が開いていたりする。あんまり喋らないのかと思えばそうでもない。自分の言いたいことは確実に言ってくる。第一印象とこれほどまでに違う人間見た事がない。
「の連絡先なんか知らねーよ」
去年も今年も同じクラスだけど、の連絡先なんか頭に入っていない。
知っている女子の連作先なんてマネージャーの木野と音無くらいなものだ。入ってるけど使われた事が無いアドレスと親戚はカウントしてない。カウントしても大した数にはならない。
「そういう事か」
おもむろに豪炎寺がベンチに置いてある自分の荷物に歩み寄る。
隣で喋っていた風丸と染岡にどうした、と声をかけられたが返事もせずに豪炎寺の奇行を見つめた。
豪炎寺は携帯電話を取り出して、最低限の動作でつなげた連絡先からの反応を待っている。
「何をやってるんだ」
「……でんわ」
怪訝な顔をして豪炎寺を見る染岡に、分かりきった事を伝える。
アホかと後頭部を叩かれたが、分かりきった事しか分からないのだから仕方がない。
もしもし、とさして遠い位置にないベンチで会話する豪炎寺の声が聞こえる。
何を話しているのかひどく気になる。聞き耳を立てるわけではない。意識しないようにと思えば思うほど内容を聞き取ろうと、続けられる豪炎寺の言葉を耳が拾い上げる。
隣にいる風丸や染岡も同じようだった。
一分に満たない会話をしたのち、豪炎寺は通話を切った。この短さだ。どうせ断られたんだろうと思っていたらそうでもないらしい。
「二、三十分したら来るそうだ」
「お前どうしたらそうなるんだよ」
「普通の会話だ」
全てを聞き取ったわけではないが、普通は「暇か」「じゃあ来い」で女子を呼びつけるような会話を普通と指さないんだよ。
もっと何かあるだろう。用事があると言った女子を呼ぶ言葉が「じゃあ来い」って何処の亭主関白だお前は。
練習に戻るぞ、と言った豪炎寺に流される形で再び元居た位置につく。戻るついでに全員のドリンクなんかをベンチに戻しておいた。さらについでだと隣に立っていた音無に、練習が終わったら後で風丸と染岡の怪我の手当てをしてくれと依頼しておく。
全く納得がいかないのだが話す気はないらしい豪炎寺に食い下がっても仕方がないだろう。というか本気で何でもない事だと認識しているような気がする。
疲れたように溜息をついて、すでに練習を再開している輪の中に入った。
じゃーん、差し入れでーす。エクレアでーす。なんて言いながら紙袋を掲げるの姿を視界に入れてボールを取り落した。
本当に来たよ、。
宣言通り三十分しないうちに来たよ。マジかよ。
巨体にタイヤを巻き付けた壁山が、その重さをものともしない速さでの下に駆け寄った。
その速さが試合中にも出ればいいんだがな。
壁山の身体が邪魔をして配られているらしい差し入れに辿り着けないのはいつもの事だ。
「はい、半田くん」
が紙袋の口を広げる。中にあるエクレアを取れという事だろう。
サンキューと言いながら手を伸ばす。個別包装のそれはひやりと冷えていた。
「何か私に用事なんだって?」
「は」
口に入れたエクレアを溢しそうになり慌てて手で押さえる。
俺が、に、用事?
疑問符を浮かべてを見る。も同じように疑問符を浮かべて俺を見ていた。
「あれ、電話でそう聞いたんだけど……違った?」
がこてんと首を傾げる。ぱちぱちと長い睫毛が瞬いた。
一体何と言って豪炎寺がを呼び出したのか本格的に気になってきた。
場合によっては俺凄い傍若無人な人間じゃないだろうか。
「」
「あ、修也くん」
エクレアを食べながら歩み寄ってくる豪炎寺を見る。
目があった豪炎寺が首を傾げた。
「お前ほんっとなんて言って呼び出したんだよ」
「だから、普通に呼び出しただけだ」
だから、その普通がなんなんだよ!
もぐもぐと咀嚼する豪炎寺は比較的真顔だ。
これ以上会話を続けても何ら実らないと半田は溜息をついた。
修也くん、食べながらうろうろするの行儀悪いよ。そうだな。と場違いな会話をしている二人から視線を逸らし、冷たさの引いたエクレアを口に放り込んだ。
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