秘伝書に書かれていた必殺技、イナズマ落としの特訓が始まった。
どうも協力技のようで、一人が踏み台になり高さを稼ぐというもののようだった。
選ばれたのは修也と壁山で、体格といい技術といい、良い組み合わせになっていたと思う。
ただ問題は、壁山が高所恐怖症であった事だ。
今日は鉄塔広場でそれぞれの特訓をすると言っていた。
そんな中、は空港にいた。
出張に出ていた母親から帰ると連絡が来ていたからだ。
の両親は共働きで、海外出張なんかもざらにある。現在進行形で父親は海外に単身赴任をしている。
が生まれるまでは海外に住んでいたこともあったらしい。
日本に十四年も留まっていたのはに日本の文化を学んでほしかったからだと聞いた。
自身としては日本育ちで困ることはない。むしろ助かっている。慣れ親しんだ日本のルールは生きやすい。
予定より早くついてしまった空港のエントランスで、ベンチに腰掛けて母親を待つ。
さして時間は経たずに母親の姿を見つけた。
ちゃん、ただいまー! お土産があるのよー」
「お帰りなさい。お疲れ様、って感じじゃないね」
パタパタと駆け寄ってきた母親に抱きしめられる。
うふふ、と笑って紙袋を掲げるその姿に微笑み返した。
わが母親ながら相変わらず年齢を感じさせない人だ。時折姉妹だと間違えられるくらいに若い。
「ほらお母さん、じっとしてたら邪魔になっちゃうよ」
何時までも空港に留まっているわけにもいかないのではそう促した。
出たところでタクシーを捕まえて乗り込む。
ふーっと大きく息をついてにっこりと笑う母に首を傾げる。
「あのねえ、ちゃん。お母さん、ちゃんに大事なお話があるの」
「大事な、話?」
「お母さんね、来月から海外勤務になっちゃった」
「え」
さらりと告げられる「大事な話」に目を瞬かせる。
海外勤務。
という事は日本から出て行くという事だ。
「あの人も今は海外だし、ちゃんを一人にするのも悪いかな、って今更ながらに思ってるんだけれど……」
小さい頃はまだしも、小学校も高学年に入ってからは両親共仕事で家を空けることが多くなっていた。
確かに家に一人でいるのは今更だが、昔は隣に豪炎寺家があった。
仕事の都合で東京に越してきたから隣に頼れる人はいない。まあ近所にその豪炎寺家はいるわけだが。
「あ、でもね、お母さんはひと月ほどで一度こっちに帰って来るつもりだから、その間は日本に残ってもいいのよ」
「一度って、また海外に戻るって事?」
「んー、それはまだ分からないわね。お仕事の具合によって変わっちゃうもの。向こうでの生活が長くなるようなら移住も考えてるんだけれど」
「ってなるとしたら私も一緒に行く、っていう事に」
「そうなるわねえ」
言葉振りから察するに、きっと海外に居座る線が濃厚なのだろう。
できれば日本にいたいのだが、荷物の整理は考えておいた方がいいかもしれない。
しかし来月とは急な話だ。
ホント困ったわあ、なんて全く困っていない様子で言う母親を横目で見て溜息をついた。
「今はFFがあるし、それをゆっくり見届けたいの。取り敢えずの間、私はこっちに残りたい」
「そっか。大会はいつまであるのかしら」
「多分、お母さんが仕事に行くよりは前に終わると思うよ」
去年の日程を思い返す。
確か大会はひと月程で決勝まで駒を進めることができていた。もう試合の段取りは組まれているので、来月には終わっているだろう。
「お母さん、来月までの仕事は?」
「準備もあるからって言ってお休みたくさん取っちゃったわ。一緒にお買い物とか行きましょうね」
なかなかルーズな職場なのだろうか。いったい何の仕事をしているのか今度訊いてみよう。
遠い目をして流れていく車外の風景を見る。河川敷沿いを車は走っていた。
小さな子供がサッカーボールを追いかけて走っている。今頃修也たちも特訓をしているのだろう。
楽しそうに笑っている母がの肩をたたいた。
「ねえちゃん。お家にお手伝いさんとか入れた方がいいかしら?」
「えー、別に平気だよ。家事は慣れてるし、ひと月くらいどうってことない」
「そうねえ、ちゃんはしっかりしてるから、そこのところはお母さん安心。でも何かあったらすぐ連絡するのよ」
何もなくても連絡して頂戴ね。なんて言いながらうふふと微笑む母に笑い返す。
引っ越して一年でまた引っ越す事になるかもしれないとは。それも海外。
仕事の都合で仕方がないとはいえ、折角この稲妻町にも慣れたというのに残念だ。
少なくともFFは最後まで観戦できるようなのが幸いか。
見慣れた景色が近付いてくるのをぼんやりと見つめながらは溜息をこぼした。







次へ

トップへ