折角手に入った秘伝書も理解不能という、結果的に何一つ自体はよい方向に進まないままだった。
円堂のおじいさんは後世に残すつもりでノートに書き記したのだろうが、見る限りは何も残す気がない様にしか思えない。
そんなノートを円堂は一心不乱に読みふけっている。
ガラガラと部室の扉を開けると、あまり意味をなしていないバリケードの中で豪炎寺とが座っていた。
「なんか沈んでるね、どうしたの」
が首を傾げた。黒髪がさらりと揺れる。
風丸は溜息をついて円堂を指した。
半田が言葉を続ける。
「どうしたもなにもねえよ、読めないの!」
おっそろしく汚い字で書かれたノートは円堂以外に読める人間がいない。そして読める円堂に尋ねてもそこからさらに翻訳する必要があるという代物だった。
ズバババーンだのガッシャーンだの、大凡が擬音語で書かれているらしい。なんとなく判別できる絵が描かれていることが唯一手がかりにならなくもないという具合だ。
楽しそうにノートを読み進めていた円堂の手が止まる。
どうした、と尋ねると困ったようにノートを見せられた。
見せられても困るなあ、と思いながら覗き込んだ。
「高さに対抗する技なんだけど……」
円堂が指で示す部分は見事に破れていて、重要だと思われる部分がすっかりない。
隣で共に覗き込んだ半田もうわあと言葉を漏らした。
ひょこりと顔をのぞかせたに、見やすいよう身体をずらす。
「あ」
小さく声を上げたに視線が集まる。
円堂が首を傾げて何事かと問いかけた。
ちょっと待って、と言いが豪炎寺の下に駆け戻る。正しくは足元にある鞄が目的のようだ。
はごそごそと鞄の中から一冊のメモ帳を取出した。
そのまま隣に戻ってきたが、そこに挿んであった一枚の紙を机の上に置いた。
「随分古い紙だな」
メモ帳をポケットにしまい、かさかさと紙を広げる。
隣で覗き込んで唖然とした。半田も同じように驚いて口を開けている。
「お前、なんでそんなもん持ってんだよ」
「図書室で見つけたの」
うっかり捨てなくてよかった、と言いながら破れたノートの破線に沿って古びた紙を合わせる。多少のズレはあるが、内容の判別には問題ない。
「それで、なんて書いてあるんだよ」
何とかなった必殺技の発見に沸き立つ部員が浮き立つのを抑えられずに読み上げを催促する。
円堂が元気良く頷いて、声を上げた。
「ビョーンとなってズバーン、だ!」
部室中に疑問符が舞う。
その前にも何かジャンプだの頑丈だの言っていたが、最後の擬音語に思考能力が持っていかれた。
読み上げた円堂すら首を捻っている。
どういうことなのかさっぱり意味が分からない。
「一人が踏み台になり、もう一人が高く飛び上がる。という意味じゃないか?」
いつの間にかの隣に立っている豪炎寺が、描かれている絵の上を指で辿りながら口を挿む。
そっかあ! と次の方針が決まったらしい円堂が立ち上がる。
「皆、行くぞ、特訓だ!」
特訓や練習をする場所は、いまだに借りることのできないグラウンドではなく河川敷だ。
アップもかねて目的地まで走れるその場所を風丸は存外気に入っていた。
大した距離ではないが走れるというのは嬉しい。もちろん全力で走るわけにもいかないが。
部員がぞろぞろと部室を出て行くのを尻目に準備運動をする。
「風丸くんは本当に走るのが好きだね」
見ると、椅子に腰かけているが笑った。
木野達マネージャーと後で来るつもりなのか、その場を動く気配はない。
「さんは入部しないのか」
多少話し込んだところで走ればすぐに追いつける。そう考えて少し前からあった疑問を投げかけた。
なにかとチームの手助けをしてくれるが、はマネージャーというわけではないらしい。
聞くところによるとどの部活にも所属していないという。
ぱちぱちと瞬きをするを見て風丸は少し突飛過ぎたな、と考えた。
「すまない。よく協力してくれているみたいだから気になったんだ」
別に入部を強制するつもりはない。
部に籍を置いているかどうかだなんて下らない事だと、きっとこのチームは言うだろう。
ただ、皆で一緒にできるサッカーで、自分から輪の外に一歩踏み出している様に見えたのだ。
そう本人に伝えるわけにもいかないし、伝えなくてはいけない事でもないから口には出さないが。
「絶対なりたくない、ってわけじゃないんだけど。なんとなくかしら」
「そうか。変なことを聞いて悪いな」
「ううん、修也くんと同じこと言うからびっくりしただけ」
しゅうや、って修也だよな、豪炎寺修也。豪炎寺もを勧誘していたのか。
よく行動を一緒にしているみたいだし、仲がいいのだろう。にしても修也くんってなんだ。
はにこにこと花を飛ばさんばかりに笑っている。
注釈の様に、あ、豪炎寺くんの事だよ、と言った。
「相当仲がいいんだな」
「そうかな」
「そうじゃなかったら名前でなんて呼ばないだろ」
その実誰も豪炎寺のことを名前で呼ばない。転入したばかりと言っても過言ではない豪炎寺といつの間にそんなに仲良くなれるのだろうか。
よくよく考えてみれば豪炎寺ものことをと呼んでいた。
この前の部室や、昨日の帰り道の件にしてみてもそうだが、この二人の関係性が奇妙すぎる。
尋ねていいのかどうかすら怪しい。
じっと見つめ合う。
正しくは風丸が見るからが不思議に思い見返しているだけなのだが。
「風丸くん、練習始まっちゃうけど行かなくていいの」
「あ、やべ」
不思議そうな顔のままが首を傾げた。
慌てて部室を出る。戸口までがついてきて、行ってらっしゃいと言いながら手を振った。
それに返事をして、風丸は河川敷へ向けて駆けだした。
(出発時間をずらせば本気で走っても問題がないんじゃないだろうか)
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