尾刈斗中との練習試合が終わった。
昨日のグラウンドは物凄い盛り上がりようだった。試合に勝ったこともその原因ではあるが、円堂念願のFFへの参加が認められて手が付けられないほどだった。
新必殺技というか、合体技を生み出した染岡と修也の仲もどうやら改善したらしい。河原で殴り合いして友情を確かめる的な事だろう、多分。にはよく分からないが。
担任が放課を告げる。口々に別れの挨拶をしてクラスメイト達は教室を飛び出していった。
はひらひらと手を振って学友に別れを告げる。
部員たちの盛り上がりに押されて押されて結局鬼道の伝言を伝えるまでには至らなかった。急ぎというわけではないので問題はないだろうが、やるべきことが残っているというのは落ち着かない。
しかし話しかけるタイミングを逃しに逃しまくり今に至るのだ。
あの伝言は今日の部活で伝えようと考えていた。
夏未も今日の放課後にFFのトーナメント表を持っていくと言っていたし、やる気を上げるのに一役買うだろう。
どうせなら夏未と一緒に部室に向かうのもいいだろう。夏未が許すのならばの話だが。
話し込んでいる修也と円堂にまたあとでと一声かけて夏未の下へ向かう。今の時間帯なら理事長室にいるだろう。
廊下を歩いていると肩をとんとんと叩かれた。振り返ると背の高い男子がいる。
「ね、そこのキミ。サッカー部の部室ってどこにあるか知ってるかい?」
彼は笑って顔の高さにひらりと手を持ち上げた。
見たことのない顔だ。転入生だろうか。今話題のサッカー部の部室を知らないというのも相まって、はこの人物を転入生だと認識した。
奇妙な時期の転入は心当たりがあるので彼が三年生である可能性も捨てきれない。

「サッカー部でしたら、この校舎を出て右に行ったところですよ」
一応敬語を使って、方角を指して告げる。
転入生も指された方角に顔を向けて頷いている。
「迷わないとは思いますが、ここの生徒ならみんな知ってると思うので聞いてみて下さい」
「そっか、いやーありがとうね。可愛くて親切な子に出逢えてよかったよ」
二本の指を立ててウインクを一つ。転入生は階段を下りて行った。
どうにも日本らしからぬ気障ったい仕草だ。はぼんやりと去りゆく後姿を見送り、理事長室へ向かうため足を動かした。
すぐさま現れた理事長室の扉をノックする。静かでよく通る声が返ってきた。
です、と名乗ると先ほどより幾分も柔らかくなった声がを招き入れた。
扉を潜るとパソコンに向き合った夏未の姿が目に入った。
「ごめんね、夏未さん。忙しくなかった?」
「気にしないで、もうすぐサッカー部に向かうところだったのよ。よければご一緒しない?」
忙しいことは事実なのだろう。言葉を紡ぎながらもキーボードを打ち込む音はやまない。
しかし願ったり叶ったりな提案に笑顔で頷く。
満足げにほほ笑んだ夏未が一枚の紙切れをに手渡した。
見て、という言葉に従い目を通す。FF関東地区予選のトーナメント表だった。
面白い名前の学校がずらりと並んでいる。中には見知ったものもあったが、知らないものばかりだ。
「雷門の一回戦は野生中みたいよ。なんでも自然に囲まれた学校らしいわ」
「自然に囲まれた、かあ」
以前住んでいたところを思い出す。自然に囲まれたというか、自然以外に何もなかったというか、まあそんなところで育ったから、たまに自然が恋しくなる。もちろんそんなに田舎ではない。ただ自然の規模がここと地元では全く異なるだけだ。交通に不便を感じたことはないし、24時間営業している店だってざらにある。強いていうなら学校は山間にあった。
「さて、行きましょうか」
ぱたんとパソコンを閉じて夏未が立ち上がる。
トーナメント表を持って部屋を後にする夏未の後ろに続く。
「あれ、何かしら」
校舎を出てしばらくしたところで夏未が首を傾げる。同じくも首を傾げた。
はしご車が止まっている。サッカー部の部室の横にだ。
さらにその隣で部室の壁を背に円陣を組んで座り込んでいる部員の姿が見えた。
円堂が急に立ち上がる。何を言っているかまでは分からないが、大きな声で有り余るほどの元気な様子が窺えた。
それに合わせて周りも声を上げ、拳を握る。
隣で夏未が溜息をついた。
「……私、あれに関わるの遠慮してもよろしくて?」
「あはは……じゃあ私がトーナメント表を渡しておこうか?」
「頼んでもいいかしら。私は仕事に戻るわ」
頭を押さえる夏未の背をぽんぽんと叩く。
眉間に皺を寄せたままありがとうと夏未が言った。気にしないで、と頭を振って笑いかける。
今度は夏未も笑顔で言葉を繰り返した。
理事長室へと路を返す夏未を見送る。ちらりと視界の端に人影が映った。
じっと見つめると建物に隠れるように身を寄せるのが確認できた。
また帝国学園の人間かと近付くかどうかを検討していると背後から円堂に名を呼ばれた。
「なにしてるんだよ、そんなところで」
「ううん、何か話し込んでるみたいだったから」
笑いかける。円堂がそっか、と気にも留めずに笑い返した。
もう一度建物の陰に視線を向ける。誰の姿も見えなかった。
「何かいるのか?」
「何もいない、と思うよ」
いつのまにか隣に立った修也が視線の先を見つめる。
首を振って否定した。多分もう誰もいない。そもそも考えすぎかもしれない。
怪訝な顔をした修也に笑いかける。手に持った紙をひらひらと見せる。きょとんとした表情がなんだそれはと問いかけていた。
修也の手を引いて部員たちの下に歩み寄る。
なんだ、どうした、と上がる声に持った紙を掲げて見せた。
「えーっと、なになに……フットボールフロンティア、関東地区、予選トーナメント表……」
円堂がたどたどしく読み上げる。
読み終えた数秒の後、円堂がばっと顔を上げる。満面の笑みを湛えてだ。
「夏未さんからさっき預かったの」
「そっかあー! ありがとうな、!」
手を握ってぶんぶんと縦に振られる。喜びを表現しているの話わかるのだが肩が取れそうで痛い。
しばらくすると気が済んだのか離れた手はトーナメントを開き、円堂は真剣な顔でそれを覗き込んでいる。
円堂の手に渡ったトーナメント表を我先にと覗き込む他の部員たちから離れる様に、の隣に立ったままの修也に声をかけた。
「見に行かなくていいの?」
「今行かなくても見れるだろ」
まあその通りなのだが。
そうだね、と相槌を打って、騒ぐ部員たちを眺めた。
何かを忘れている気がするのに、それが思い出せない。
ひとしきり騒いだ後、円堂が拳を掲げて「よおっし、特訓するぞー!」と叫んだ。今日も河川敷コースだろうか。
というか結局このはしご車は一体何だったのだろうか。
ふと視線を感じ、さっきの人影かと顔を向ける。ユニホームに身を包んだ、見覚えのある見慣れない顔の人物がこちらを見ていた。
噛み合った視線は外すタイミングを見失ったまま、無言で見つめ合う。
修也が眉間に皺を寄せた。睨みつけるようにさっきの転入生を見ている。
「知り合いか?」
「さっきちょっと廊下で」
完全に委縮している転入生に大丈夫だと声をかける。
転入生は困ったように修也との顔を交互に見て頭を掻いた。
「俺、二年の土門飛鳥。たった今サッカー部に入部したの。DF希望ね」
どうもさっきの視線の主とは違うようだ。
にこやかに自己紹介をして、エールを送る。
ちょっと驚いたように土門は目を開いて、それから最初みたいな嘘くさい笑顔で笑った。
「何やってんだよ、練習始まるぞ」
風丸が早足に引き返してくる。どうやら他の人たちはすでに練習に向かったらしい。
軽い謝罪の言葉を返してそのまま歩み始める。
修也の少し後ろを歩きながら、はやはり忘れているような気がする何かを思い出そうとしていた。






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20140510/訂正