ベンチに腰かけて試合の行く末を見守る。
本来なら部外者として横の芝の辺りででも試合の動向を見ていようと思ったのだがそうもいかず、修也を筆頭にベンチにいるよう言い渡された。もちろん他の主力はマネージャーだ。
そして試合が始まった。
奇妙な相手の動きと性格の激変した顧問。
決まらないシュート、封じられた動き、挙句の果てに仲間割れを繰り広げる雷門イレブン。
どうにもよろしくない雰囲気のまま時間ばかりが過ぎていく。
「なんか、皆さんの様子がおかしいですよ」
音無が困惑気味に呟く。と木野は同意を示すべく頷いた。
キャプテン幽谷の打ったシュートがゴールネットを揺らし、笛が鳴る。
自由の戻った円堂がボールを拾い上げたところで前半戦が終わりを告げた。
「これが呪いでヤンスか…」
「勝てっこないよ、こんなの」
皆一様に暗い表情のまま俯いて、マネージャーに手渡されたドリンクの入ったボトルを見る。
は溜息をついた。
呪いは存在した、といえないこともない。相手に「絶対に勝てない」と思い込ませることがすでに呪いの一つだ。
しかし呪いとは人為的なものでしかない。する方もされる方も人間なのだ。物理的に動きを制限されてしまうのなら、どこかになにか仕掛けがあるはずだった。
人間が起こしている以上は何かしら対処ができるという事だ。
にその方法は分からないが。
相手の奇妙な”呪い”自体も解決すべき問題だが、それよりまず大きな問題がある。
行動を制御された上の失点はかなりの痛手だが、呪いという目に見えないものを恐れて、目の前の敵に集中ができていない事が大きな問題だった。戦う前から逃げていては、勝てるものにも勝てはしない。自分に勝てないやつが他人に勝てるはずがない。
せめて精神的に制限されてしまうことだけは避けねばならない。試合をする以上は戦う気持ちを失くしてはいけない。
しかしチームメイトの足取りは重い。特に一年は呪いの存在に恐怖している。
近寄ってきた修也が声をかける。
「、どう思う」
「どう、って言われてもなあ」
サッカー、それも試合となると完全に見る専門で役に立ちそうな意見など出てきそうもない。
それでも一応、は首を傾げて突破口を考える。
修也に言わせると外部からの判断は時に物凄く役に立つらしい。
下らない事ほど試合に出ている人間では気付けないので、外からの視点が突破口になると言っていた。
その理屈は分からないでもない。
「大した事じゃないんだけど、動きが気になるかな」
動き、と復唱した修也に頷き返す。
全体的にこの尾刈斗イレブンの動きは奇妙だ。
現れた瞬間の視覚的インパクトもさることながら、試合中に見せる、惑わせることが目的のような奇妙な動き。じっと見ていると気分が悪くなりそうだ。
一度見たことがあるとはいえ、映像と実際ではこんなにも異なるものなのだろうか。
思い出すと頭痛がするので、鮮明には思い起こさないでおく。
「取り敢えずは得点が欲しいところだよね。正面からは確実に止められちゃうと思う」
ファイアトルネードの様に上空から決めるシュートなら可能性は高いかもしれない。ただ、高度を上げるか威力を上げるかしなければ難しいだろうが。
「高度か威力……」
「どっちもそんなに簡単じゃないと思うけど……」
「他に何か気になることはあったか」
二人で思考を巡らせる。
何かがちらちらと顔を覗かせているのだが、それがなんなのかはっきりしない。
ふと外した視線の先に人影が見えた。見たことがある二人組だ。
誰だったかと思い出す寸前に顔の横で手を叩かれ口から小さく悲鳴が上がった。
振り返ると眉間に皺を寄せた修也と手を叩いた状態で固まっている円堂がいた。
「ごめん、そんな驚くと思ってなくてさ」
円堂がぱちくりと瞬きをして謝る。
驚かせようと思ったわけじゃないんだけど、声かけても気付かないから、と言う円堂に力なく苦笑を返す。
用件を問うとやはり修也と同じで、何か打開策はないかということだった。
「ふと思い出したんだけどね、あの監督さんが何か呟いてるのって聞こえてる?」
「ああ、何言ってるかまでは分からないけど」
円堂が神妙な顔をして頷く。
偶然かもしれない。特に意味はないのかもしれない。伝える事で無駄な情報を教えてしまうかもしれない。
一瞬躊躇したが、決めるのは円堂だ。知って決めるのと知らずに決まるのとでは違うだろう。
「あの監督がぶつぶつ言ってるタイミングで皆の動きが止まってるような気がする」
「そうなのか」
「あくまでそんな気がするだけで、確証はないけど」
ちらりと尾刈斗イレブンが集まっているベンチに目を向ける。
今は穏やかな顔をしている監督が豹変している時、雷門イレブンは動きが止まっている。パターンを分析したという程精密な情報があるわけではない。今の所はという程度のものだが、今はそれしか言えない。
もうすぐ後半が始まると修也と円堂の二人からボトルとタオルを受け取る。
それらをケースに入れると、木野と音無に少し席を外すと声をかけて足早に離れる。
人影の見えた校門付近に小走りで駆け寄ると、やはりついこの間見た二人組だった。
ゴーグルにドレッドという出で立ち。今日はマントはないがそうそう間違える事もないほど個性の塊だ。隣に立つ人物も長い髪に眼帯と特徴的である。
「帝国学園の人たちですよね、偵察ですか」
「そんなところだ」
鬼道が小さく笑って答えた。
観戦ではなく偵察という言葉を選んだのは相手の反応を見るためだったのだが、そんな必要はなかったようだ。いやに堂々としている。
しかし視線は値踏みするようにを上下していた。お互い警戒しているのだ。
「いいのか、こんなところにいて」
「私がいてどうにかなるものじゃないですから」
今の所、は帝国学園が試合を申し込んできたことは修也に関係していると考えている。
危険の芽は早く摘むに越したことはない。
試合を見るよりも帝国学園を警戒する事の方が今は重要だ。
それにが試合を見ていようと見ていまいと、結果が大きく変化することもないだろう。
「このままでは雷門は負ける」
挑発的に笑みを浮かべる鬼道に視線を向ける。そんな事は百も承知だ。
ちらりと視線を隣に移す。佐久間も同意するように笑っている。
帝国学園は見る限り無駄を徹底して嫌っている。負けると判断したならこんなところで無駄話をしていないでさっさと撤退しているだろう。
仕返しにと同じように笑みを浮かべて言葉を向けた。
「そう思ってないからここにいるんでしょう、貴方たちは」
少し驚いたように鬼道の口がぽかんと開いて、組んでいた腕が緩んだ。多少なりとも仕返しが成功したことに内心でガッツポーズをする。笑みは崩さない。
初めは雷門に転入してきた修也のみを目当てに練習試合を申し込んだのだろう。だから修也が試合に出て、データが手に入ったところで引き上げた。無駄が嫌いな帝国学園としてはそれ以上試合を続けることに意味がないと判断したのだろう。
ただ、その時に円堂が目に入った。帝国学園とは毛色の違った円堂はとても奇妙な存在に映るだろう。
「円堂守の実力、いえ可能性かしら。それに期待しているんでしょ?」
本来の目的以上の事はしないと考えたのか、あの時引き上げたせいで気になって気になって仕方がないのだろう。円堂守という人間が。
「お前は――」
鬼道が口を開いた瞬間、の背後で乾いた音が聞こえた。人のざわめきにも負けないほど大きな音だ。ついで円堂の大声が聞こえる。
がグラウンドを振り返る。先ほどとは違う空気が広がっていた。
ほっと胸をなでおろす。試合の方はどうやら心配なさそうだ。
「返るぞ、佐久間」
「いいのか?」
「構わん。結果は見えた」
ぱちぱちと瞬きを繰り返した佐久間が凭れていた校門から背を離す。
再びが鬼道に焦点を合わせる。鬼道は満足げに笑っていた。
校門を潜り、道路へと出て行く二人を見送る。数歩歩いたところで鬼道が振り返った。
「雷門のマネージャー」
違う、私はマネージャーではない、とは訂正しないでおく。どんな情報でも渡してやる義理はない。
指示しているのはの事だと分かっているので、なにかしら、と首を傾げた。
「FF……楽しみにしていると伝えておけ」
一体どこまで情報を入手しているのだろうか。むしろまったく内部事情を知らないだけなのだろうか。
ひらひらと手を振る。
口角を上げて鬼道が手をひらりと振った。存外律儀である。
小さく息をついて路を返す。結果の分かった試合を見るべくグラウンドを目指した。
人の群れを抜けたところで炎を纏ったボールがゴールネットに突き刺さるのが見える。スコアボードには勝ち越しが記されていた。
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20140510/訂正