特訓だといい河川敷でサッカーを始めた円堂たちをベンチから眺める。
楽しそうに右へ左へボールを追いかける姿を視線で追いかける。
修也はどうするのだろうか。
彼は今日もきっと病院だろう。考える時間が必要だろうと思い今日はサッカー部に顔を出している。
余計な考えを取っ払って、修也が望んでいることを選り抜くのは容易いが、それを選ばせるというのは難しい。
サッカー部に入るのもよし、夕香が目覚めるまでサッカーをしないのもよし。決めるのは修也だ。
こればかりはも口出しは出来ない。
「今日のサッカー部は熱入ってるね」
思考を中断させ隣に座った木野に尋ねる。
どうやら尾刈斗中との練習試合が決まったらしい。勝てばフットボールフロンティアへの出場も認められるそうだ。
よかったじゃないと言えば不安げに木野の顔が曇った。
部員も集まり練習相手も見つかり、順風とまではいかなくとも風が吹いているこの状況になにか問題があるらしい。追い風ではなく向い風なのだろうか。
「どうかしたの?」
「ちょっとね、良くない噂があって」
尾刈斗中に関して幽霊だとか呪いだとか、そんな噂があって部員が怯えているらしい。
はオカルトの類を否定しない。見た事が無いからだ。そして見た事が無いものを全面肯定もしない。
あるかもしれないけどないかもね、という所だ。
ただ一つ言えるのは不確かなものに気を揉んでいても仕方がないという事だった。
どんなに非科学的な事が起こるとしても戦う相手は生身の人間なのだからなんとかなる。
「大丈夫だよ。雷門の持ち味を生かせば勝てるから」
前に一度だけ見たことがある尾刈斗中の試合。
変わっていないと仮定して4ー5ー1で中盤の層が厚い、連携が主体のチームだった。
練習を見た限り、雷門の守備はそれなりにいい人材が集まっているように感じる。うまく機能すれば手堅い。
攻撃は決定力不足。というかFWが足りていない。あの守備を抜けるにはFWが欲しいところだ。
しかし寄せ集めで作られている雷門は課題こそ多いが、チームワークならどこにでも通用するだけのものがある。
あれから尾刈斗中が強くなっているとしても、雷門ならきっと勝てない試合じゃない。
一番の懸念はそのチームワークが本番でどこまで発揮できるかどうか。
きょとんと木野が首を傾げた。
「雷門の持ち味?」
「やる気と根性でしょ。諦めなければきっと大丈夫」
小さく笑ってぽんぽんと木野の背を叩く。
木野もつられて笑った。まだ不安は残っている様だったが小さくそうよね、と呟いている。
「所で試合はいつ?」
「えっとね、4日後かな」
随分と急な段組みである。
あれだけボロボロにやられた数日後に試合とは、体は大丈夫なのだろうか。
目の前に吊り下げられた餌を前に前後不覚に陥っていてはこれから先が思いやられる。
まあ戦わなくては後がないのだから仕方はないのかもしれないが。
「じゃあ皆には体力作りをお勧めするかな。必殺技の開発もいいと思うけど、まずは体力だね」
ちょっとやそっとで必殺技も体力も作れるものではないが、何をするにもフルタイム万全に動けるような体力があるほうがいい。
木野が頷いた。
手に持ったボードにカリカリとペンを走らせてメモを取っている。
背後からふっと影が差して振り返ると女の子がいた。
赤い眼鏡のフレームを光に反射させて、ペンと手帳を持ってにっこりと微笑んでいる。
思わず微笑み返した。誰だこの子。
困惑しているに気が付いたのか木野が顔を上げた。
「音無さん」
「おとなし、さん?」
「はい! 新聞部の……じゃなかった。雷門サッカー部の新マネージャー、音無春奈です」
溌剌とした声に元気いっぱいの笑顔。
木野も楽しげにしているし悪い子ではなさそうだ。
差し出された右手に手を伸ばす。成功した握手に嬉しそうに音無は笑った。
「手、ちっちゃいですねー」
すぐに離れると思った掌はずっと音無の手の中にある。
裏返したり曲げ伸ばしをさせてみたりとくるくると玩具の様に遊んでいる。その間も言葉は途切れることなく紡がれていく。
振り払うほどの事ではない。しかし一体どうすればいいのか分からない。
「お、音無さん。さんが困ってるから」
見かねた木野が間に入る。
しまったという顔をして音無が慌てて謝った。
勢いに押されて曖昧に頷く。謝られるほどの事ではないし何を許したのかもわからないまま、音無がほっと息をついた。
あはは、と少し困った様相で音無が笑う。
「私、ついやってしまって。やかましさん女らしくない、ってよく言われちゃうんです」
「あらそう? 元気がよくて可愛いじゃない。私は好きだよ」
音無は確かに元気があるが喧しいという程ではない。
元気のない子よりよっぽど愛嬌があると思うし、ちょっと先走るところも活発の範囲に収まる程度だ。
背後を見上げるとびっくりした顔を真っ赤にした音無が立っていた。
音無さん?
呼びかけると壊れたロボットの様にギクシャクと顔を逸らしてしまった。
何か問題があったのだろうかと木野を見る。木野は照れたように笑っていた。
困り果ててもう一度声をかける。
「音無さん?」
「うわああ、ごめんなさい! 可愛いとか好きとか全然言われないものですから照れました! ごめんなさい!」
音無が両手で顔を隠してそのまましゃがみこむ。
なんだこの生き物可愛い。
眼下にある頭を眼鏡のフレームに当たらないように撫でる。
数分後、休憩に入った円堂たちに声をかけられるまでそれは続いた。
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