人垣を避けてたどり着いたのは木の下。
ざわざわとうるさい場所ではないし、グラウンドより少し高い位置にあるからよく見える。
それは構わない。ちらりと視線を下げると芝の上に腰かけたが楽しそうにグラウンドを眺めていた。
帝国学園はもう来ているというのに、雷門はなんだかごたごたしている。
豪炎寺には関係のないことだが、みっともないなと呆れ返るよりほかにない。
そして今の現状について考える。
に誘われて試合を観戦することになってしまった。は木野に声をかけられたと言っていたが。
なぜこんな事に、と溜息をつくとと目があった。
はちょっと困ったように苦笑している。
「応援頼まれたんじゃないのか」
「だから見てるんじゃないの」
そうじゃない。
おそらく木野は近くでの応援を求めていたはずだ。親しい人とは近くで応援していたいものだ。
だからきっと同じベンチに座って、試合の流れを見守りたかったのだ。
豪炎寺もそうだった。
何時だってなるべく近くで応援してほしかった。だからあんなにもマネージャーを推していたのだから。
今はもう無意味な話だが。
「木野はいいのか」
そう尋ねると、はさらに困ったように笑って豪炎寺から視線を逸らす。
うーん、と小さく唸って再び俺を視界に捉えた。
言葉の初めに真っ直ぐ相手を見るのはの癖だ。そして俺はそれが嫌いじゃない。
たまに真正面から受け止めるのがつらいときがあるけれど、決して嫌いじゃなかった。
見返したまま次の言葉を待つ。
「私にとってのサッカーは、修也くんと一緒にだから」
そう言われて固まる。
考えてみれば初めにサッカーに興味を持ったのは豪炎寺で、事あるごとにサッカーをしようと誘ったのも豪炎寺であった。
試合を観に行こうと言い出すのはいつも豪炎寺だったし、サッカーの特訓に遅くまで付き合わせたこともある。
そしてサッカーをやめると決めた頃からは一度もサッカーをしようともサッカーを観に行こうとも言わなかった。
「だから隣にいないと落ち着かないもの」
決して遠慮しているのではないだろう。
はサッカーを嫌っていないが、大好きだというわけでもない。
いつだってのサッカーの隣には豪炎寺がいたのだ。いや、豪炎寺のサッカーがのサッカーだったのかもしれない。
でも豪炎寺はサッカーをやめた。だからもサッカーから離れた。
だったら。だったら今くらい、のサッカー観戦に付き合うのもいいかもしれない。
せっかく気付けたのだから、最後に一回くらいは隣でサッカーを観るのも許されるかもしれない。
そう考えての隣に腰を下ろした。
が嬉しそうに笑ったのが分かった。顔は見ていないが、なんとなくそんな気がした。
しかし始まった試合を前に、の顔からは笑みが消えた。
こんな試合を観て笑っている奴なんているはずかない。当初は弱小だと馬鹿にしていた人垣も、今は静まり返っている。
スコアボードには極端なほどの得点が記されており、当然の如く雷門は無得点というほどの実力差。
雷門が帝国学園に勝てるなど誰も考えていなかった。いや、ただ一人心の底からそれを信じている奴はいたけれど。
グラウンドでは幼子と遊ぶようにボールを使って相手を翻弄する帝国学園の選手たちの姿。
簡単にパスコースが読み取れるあれは確実に本気ではないだろう。
手加減されているにも関わらず得点すら望めないのは帝国の実力が高いだけではなく、雷門の実力不足で実践不足だ。
それに雷門は得点を取るポジションであるFWが決定力不足。
必殺技の問題ではない。相手は必殺技など使っていないのだ。
翻弄される選手たちを見てはそうではない、自分ならこうする、この場合はこうだと考えてふと我に返る。
真面目に試合の状況を分析してどうなる。まったく関係のない話じゃないか。
「もういやだああ!」
一人の選手がユニフォームを脱ぎ捨てて走り去っていった。
あまりにも周りが見えていなかったのか、豪炎寺たちには気付かなかったようだ。
がユニフォームに手を伸ばして拾い上げた。
裏表を確認して、ちらりと見えたのは10というナンバーだった。
グラウンドから大きな声が聞こえる。
目を向けるとゴールの前で満身創痍になったチームのキャプテンが選手を鼓舞していた。
到底ひっくり返せる得点差ではない。人数も足りない。それでもあいつはまだ勝つ気でいる。
掌がじわりと痛む。無意識にペンダントを握りしめていた。
「……夕香は」
「うん」
「夕香は、俺が」
は言葉を待っている。
真っ直ぐに見ているであろうは、じっと続きを待つ。
「俺がボールを蹴ることを、許さないだろうか」
卑怯だと、そう思った。
ボールを蹴ることを、再びサッカーに関わることを、誰かに許してほしいのだ。
そしてそれを豪炎寺が望むなら、の答えは確実に分かりきっていた。聞くまでもない。
誰かがお前のせいだと責めてくれるのを待っていたのに、誰も責めないから自分で自分に枷をつけたはずなのに。
豪炎寺は今、自分でつけた枷を誰かに外して欲しいと望んでいる。
ちらりと顔を上げて見たは穏やかに微笑んでいた。言葉なんかなくても、それが一番の答えだった。
ぐっと目を瞑り息を大きく吐いて、前を見る。
差し出されたユニフォームを身に纏って、最後にもう一度を見た。
「どうせならカッコいいシュート、決めてね」
一押しと言わんばかりに肩をぽんと叩かれて、豪炎寺はグラウンドに足を進めた。







次へ

トップへ