ついこの間までの日差しとは、打って変わるように柔らかなものが朝の道路に差していた。
空は高く澄み渡り、吹く風も涼しさを大いに孕んで、季節はすっかり秋である。
相変わらずサッカー部に顔は出していないらしいのだが、修也の生活も通常のサイクルに戻った。
そんなに遠いわけではないので、連休などにはちょくちょく顔を見せに来るし、週に一度、夕香のお見舞いに行った日には電話をしている。あまり離れているような気はしなかった。
随分と歩きなれた通学路を進む。
背後から声をかけられ振り返るとそこにはにこやかに微笑んだ学友の姿があった。
「おはよう、木野さん」
「おはよう。早いね、さん」
「今日はちょっと用事があるの。木野さんは?」
「部活の朝練の日だよ」
とても楽しそうに笑う木野に微笑み返す。
木野はサッカー部のマネージャーで、私のクラスメイトだった。
私が入学を検討していた段階では雷門中にサッカー部はなかったのだ。
しかし同じくクラスメイトの円堂守がサッカー部を創設した――部員が足りないので部活どころの話ではないが。
私はその事実を知って、しまったなあ、と思ったのだった。
修也には、雷門にサッカー部はないと教えてしまった。彼が覚えているかどうかは定かでないが、これでは嘘を教えてしまったことになる。
転校以前にもらった学校案内にサッカー部が記されていなかったのだから、まあ仕方がない、のだろう。知らなかったら嘘でもなんでもないのだが、あいにくと私は雷門にサッカー部ができることを知っていた。すっかり忘れていたのだ。
「サッカー部の調子はどう?」
「皆頑張ってるよ。特に円堂くんが張り切ってる」
私と木野の席は近い。
木野はとても素直で性格もよくて、優しく思いやりのある子だ。。
奇妙な時期に編入した私を気にかけてくれたのも木野で、当然親しくなるのは早かった。
ちなみに木野から連鎖的に円堂とも仲良くなった。とはいえ、クラスメイトの枠を出るほどではない。
彼はサッカー一筋で私の様にサッカーをしない人間は、言ってはなんだが眼中にはないのだろう。別に悪い意味ではない。彼の思考の中心点にサッカーがあるというだけの話だ。別段興味を持ってもらおうとも思っていない。できればあまり関わりたくないというのが本音だ。
校門を潜り、校舎の手前で木野に別れを告げる。
手を振って部室がある方角へ歩いて行く木野を見送って校舎に足を踏み入れた。
下駄箱からみて左側。向かって歩いて右側。
目的地は図書室だ。
私は今年の図書委員である。この間、あまりにも無造作に置かれている古い本たちの整理を申し出たのだ。
許可が出たので夏休みが明けた頃から作業に手を付けている。初めは部活動の時間を充てていたのだが、作業を進めるうちに楽しくなってきて、一昨日から朝の時間も充てることにしたのだ。もちろん許可は取っている。
扉に手をかける。中には担当の教師がいた。
会議があるからもうすぐ職員室に行くと言って教師は図書室を出て行った。部屋の鍵は開けておいていいらしい。
無人になった図書室の換気扇を回すと、さっそく作業に取り掛かった。
昨日は50年ほど前の日付の本棚を整理し終えたところだった。埃の状態を見てもかなり前からそのままだったのだろう。
約半世紀前には本が無造作に積み上げられていた事に呆れ返って溜息をつくことすら忘れていた。
本の整理もいいが部屋の掃除もしなくてはならないとマスクを着け、昨日の続きからメモ用紙に本のタイトルと年月日を記していく。
図書室は広いし、隣には書庫もある。ただ書庫もこの部屋も、圧倒的に本棚の数が足りていない。本を減らすか本棚を増やすかしなければ改善は見込めない。
まずは絶対数の確認をしたいのだ。それから無造作に並べられている本を可能な限り年代、ジャンルごとに並べていく。
はまめだなと修也によく言われたものだ。いつかの友人にも似たようなことを言われた気がする。
「なにこれ」
一冊の本を移動させるとはらりと何かが落下した。
拾い上げてみれば、それは随分と劣化した紙だった。
角は丸くなり全体的に色落ちしている。綺麗に一枚という状態ではなく三分の一ほどがなくなり、端々に切れ目が入っていた。
何かが書いてあるが内容はさっぱり理解できない。紙の劣化が問題なのか書かれているものが問題なのか書き方の問題なのか、ともかく全く読み取ることができなかった。
誰かがノートか何かを破ってしまい、忘れて行ったのだろうか。
考えても仕方のないことで、後で教師にでも尋ねようとそれをメモ帳に挟み込んだ。
折り目の通りに折りなおした紙はすっきりとメモ帳の中に納まった。
朝のホームルームの頃にはすっかり忘れてしまっていたわけだが。
(あんまりすっきりしちゃったものだから、うっかりしてたんだよ)
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20140510/訂正