稲妻町はそんなに案内する場所がない。
ちょっと足を延ばせばそんなことはないのかもしれないが、夕香の様子を気にする修也との遠出は出来なかった。
夏休みの折り返し地点にはすでに手ごろな場所など存在していなかった。
そもそも私が最近稲妻町に引っ越してきたばかりなのだ。名所など知るわけもない。
初めは夏未に尋ねたりしながら奮闘してきたが、今はどちらかというと提出課題と戦っている。
当然のことながら修也と一緒にだ。むしろ修也の息抜きだ。
昔なら「修也くん一緒にサッカーしよう」で大体解決していたことが今はそうもいかない。
修也は自分がサッカーをしていたから夕香が事故にあったと考えている。
そしてそれは、どちらかというとアウトコースに近い正解だ。
あの事故、という形で片付いている事件は修也を試合に出させないための手段だ。
ただそれだけのことであって、修也がサッカーをしていたせいではない。
そして間違っても夕香のためにサッカーをやめるという決断はしてはいけない。
といってもその選択をすることは分かりきっているし、止める気もない。止まるとも思っていない。
ただ立ち直るまで隣で支えてやればいい。それが幼馴染としてできることだと思う。
その時までは「サッカーしよう」が禁句なだけなのだ。
しかしそれがまた難題であった。
今まで遊ぶとなれば修也の家。とあったように、私たちが遊ぶ時はほぼ確実に修也が私に声をかけるのだ。
昔からそうだった。
修也がサッカーをする時も、夕香も交えて遊ぶときも、ちょっとした買い物に行く時も。
そして修也は私や夕香のやりたいことを優先してくれる。
その結果、修也の好きなことやしたいことをサッカー以外に私は知らなかった。
苦肉の策として夏休みの課題を持ち出したのだ。
これなら集中できるし、地雷にもならない。
「修也くん、これなんだっけ」
広げたノートの一角をシャープペンシルで指す。
覗き込んだ修也が簡単に説明してくれた。
ああ、なるほど、なんて呟きながらノートに再びペンを走らせた。
中学生の問題は難しくない。難しくはないが記憶にない。思い出すまで相当に時間がかかる。
特に数学。普段から一切使っていなかったから全く思い出せない。思い出したら何の問題もなく解を導けるのに。
修也は日頃から予習復習を欠かさないだけあってとても勉強ができる。
多分齢が同じなら私なんて足元にも及ばないだろう。
溜息をつくと同時にペキッと軽い音を立てて芯が折れる。
カチカチとペンの頭部をノックするが、一向に芯が出てこない。
同様に修也のペンからも芯は出てこなくなった。
芯の買い置きはあっただろうかと机の引き出しを開けると鮮やかな赤が目に入った。
、どうしたんだ」
引き出しを開けたきり替えの芯も出さず座り込んだ私に修也が声をかける。
振り返りもせず、手の中の赤を握りしめた。
あの時、結局決まらなかったまま、私の机にしまわれていたのだ。
「修也くん、つけてあげる。左手出して」
今これをつけるとしたら、きっと願うことは一つだろう。
赤い色をしたミサンガを掌に載せて修也に見せる。
修也の手を掴んで持ち上げた。
声をかけておきながら相手の反応を待たないのもどうかと思ったが、そんなことよりも早くつけてしまいたかった。
「このミサンガ、効果絶大だよ」
私は自分の左手首をちらりと見る。
決勝戦あった日、買ったばかりのオレンジ色のミサンガはぽとりと手首から滑り落ちた。
願ったことは、大会の間修也が怪我をしませんように。
事実、一度も怪我をすることなく修也は大会を終えた。
「切れたらまた三人でお揃いのミサンガつけようね」
「そう、だな」
同じように私の手首を見ていた修也が小さく頷いた。
左手首につけたばかりのミサンガを修也が触る。私はその上から掌を重ねた。
事故の後、夕香にはもう一度ミサンガをつけた。
切れてはいなかったが、血や泥なんかで汚れてしまったから。
私じゃ駄目かもしれないけれども、同じ願いを込めて結んだミサンガは、細い手首を彩っている。
「……早く切れるといいね」
修也は無言で、でも小さく頷いた。




(お兄ちゃんが、ゆうしょうしますように!)






次へ

トップへ