引っ越しの片付けで忙しい中、開会式は終わった。
木戸川清修は無事に初戦を突破して、和やかに帰路につく。
その中で、修也と応援に来ていた夕香ちゃんは私の家に来ていた。
本選出場と初戦突破のお祝いらしい。
お母さんが張り切ってご馳走を作るわね、と言ってキッチンに籠ってから二時間ほど経過している。
修也のお父さんは稲妻町に勤め先が変わったらしく、仕事が終わったら立ち寄ると言っていた。
私は片付いたばかりの自分の部屋で、夕香と一緒にいた。
今修也は席を外している。
家政婦さんに夕飯は必要ないと連絡をするそうだ。
「夕香ちゃんお願い決めた?」
「うん! あのね、お兄ちゃんにはないしょだよ」
ごにょごにょと掌で作った小さなメガホンから声が聞こえる。
ほう、と頷きながらちらりとテーブルに並べたものを見る。
勝ち進んだお祝いに、ミサンガを用意したのだ。
どうせならと同じデザインの色違いを、夕香と修也の分。
「いいね、修也くん喜ぶよ」
むふうと満足げに頷いた夕香の頭を撫でてあげる。
そっと差し出された左腕にミサンガを巻き付けて長さを調整する。
細い腕には随分と長い代物で、どうやってつけようかなと試行錯誤するうちに修也が部屋に帰ってきた。
手元を覗き込んで修也が首を傾げた。
「ミサンガ?」
「そう。修也くんのはテーブルにあるよ」
何とか外れない長さに付けることができて一息つく。
夕香がお兄ちゃんのはこれ、とミサンガを修也に手渡す。
掌にそれを乗せてじっと見つめた修也は再び首を傾げた。
「また突然だな」
「大会出場のお祝い。これからはあんまり近くで応援できないからね」
引っ越しが済んでから、今日が初めて顔を合わせた日だ。
十日と経っていないのに随分と久しぶりに顔を見た気がしてなんだか懐かしかった。
毎日顔を合わせていたことから考えるとそれも当然かもしれないが、今日からはそれが当然になるのだ。
「修也くん何かお願いある?」
「いや、急には……は何を願ったんだ」
夕香と同じく、色違いのミサンガが揺れる左手首を見て修也が顔を上げる。
オレンジ色をしたミサンガを指に引っ掛けて私は笑った。
「修也くんが大会に出場する間、怪我しませんようにって」
「自分の事じゃないのか」
呆れたように修也が笑う。夕香もにこにことしていた。
自分の膝の上に座る夕香の頭を修也が撫でた。
とてもじゃないけれどこの兄妹の間に割って入る気はしない。
ミサンガの入っていたパッケージを纏めてビニル袋に詰める。部屋の隅にあるゴミ箱へは後で捨てればいいだろう。
「夕香は何をお願いしたんだ」
「えー、お兄ちゃんにはひみつー」
天使みたいな笑顔で花を飛ばしながらえへへと笑う夕香。
修也は苦笑している。本音で言うと多分凄く聞き出したいのだろう。
その反面秘密と言って笑う夕香が可愛くて聞き出せないのだ。
綯交ぜになった表情のまま修也はそうかといって夕香の頭を撫でた。
ああ、平和だ。
このまま何も起こらなければいいのに。
(は夕香の願い事知ってるのか?)(知ったらきっと修也くん泣いちゃうよ?)
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20140510/訂正