そもそもの原因は私の産みの親にあると思う。
お父さんもお母さんも、私に伝えるより先に修也の両親と話をしている。
そして話は修也に伝わって、私はことのあらましを修也の後に知るのだ。
だから今回もそのパターンかと思っていた。
いや、確かに話題に一度も上げなかった私もアレだとは思うけど、お隣さんが引っ越す準備してるのに気が付かなかった修也も悪いと思うよ。
第一、少し前には決まっていた話だった。だからこの制服も近所のお姉さんのお下がりである。
数ヶ月しか袖を通さない制服を買うつもりはなかった。
「それで?」
「いや、本当に悪かったと思ってるよ」
最近は立場が逆転してしまってるなあと痛感した。
子供のフリをしていた結果、精神的にも若干若返りの傾向がみられているのかもしれない。
まあ十年以上続けていれば何かしらの影響がでても不思議ではないが。
「なんでまた知らなかったの。おじさんに聞かなかった?」
時間がたって随分と冷静になった私は、取り敢えずひたすら謝る姿勢を解いた。片方にだけ非がある物事などなかなか存在しないのだ。
時間の経過に合わせて修也の機嫌は降下していったみたいだが。
抱え込んだ背もたれに身を乗り出す様にして尋ねると修也は少し眉を顰めて、出張中だと言った。
そもそも豪炎寺家には、引っ越しの話が伝わっていなかったらしい。
ちゃっかりと制服を着替えている修也に口を尖らせる。学校から帰って自宅に寄るより先に夕香のもとへ足を運んだ私はまだ制服のままなのに。
溜息をつくと修也の視線が突き刺さった。
機嫌の悪い修也には極力関わりたくない。それでも放置するわけにもいかない。ここは私の部屋だ。
突き刺さる視線に耐えかねて部活があるんでしょ、と強引に話を打ち切った結果、まさか部屋に尋ねられると思っていなかった。
そういうことで、修也は私のベッドに腰掛けている。部屋の隅には段ボール箱が3つほど置いてあった。
ぴりぴりしてる修也の隣に座るのは御免被りたいので私は勉強机に備えつけられた椅子に座っている。
距離を取った話し合いが始まってから約十数分。状況は冒頭に戻るのだ。
大体において私が豪炎寺家を訪れるから、修也は私の家が引っ越しムードなことに気付かなかったのだと私は考えている。
なにか用事があれば基本的には修也の所に行くことが多い。修也の用事でも私の用事でも、私の家でなくてもできることならまず修也の家だった。
それで、と修也が首をかしげた。同じように私も首をかしげる。何がそれでなのか全然分からない。
疲れたように修也が溜息をついた。
「それで、どこの学校に行くんだ」
「なるほど。今の所は秋葉名戸か雷門が有力」
「どちらも特に聞かないな」
「サッカーで有名な学校ってわけじゃないからでしょ。特に雷門はサッカー部自体ないみたいだし」
基本的にサッカーを物事の基準でとらえる思考回路は昔から変わっていない。
人を馬鹿みたいに言うな、とせっかく人が包んだオブラートをひっぺ剥がした反論をされたことがあるから口には出さないけど。
ふう、と小さく溜息を溢すと怪訝な顔をされた。もう怒ってはいないみたいなので一安心だ。
「はどっちに行きたいんだ」
「うーん……雷門、に行きたいような行きたくないような」
雷門といえば間違いなくあの雷門だろう。行けば確実に余計なフラグを回収してしまう気がする。
ただ、雷門と言えばあの雷門でもある。
雷門夏未。何度かメールや電話でのやり取りを繰り返した可愛い女の子。
あの時はどうも仕事の都合で木戸川清修の付近を訪れていたらしい。
てっきりあそこが自宅なのかと思っていたが、仕事の関係で借りていた家だと聞いた。
あれが自宅じゃ手狭だわ、とも聞いた。自宅が気になるけど遊びに行きたいとは思えない。
「どっちなんだ」
「いや、雷門に友達がいてさあ」
修也が驚いた顔をしている。
まあ十三年間一緒にいて知らない友達、それも他県となると予想外もいいところだ。
私も修也にそんな友達がいたら驚く。というか人見知りの治っていない修也にそんなに親しい友達がいたら驚く。
「会いたいような、関わりたくないような……」
気の合う友人と同じ学校がいいという気持ちはなかなかすっぱりと取り払えるものではなかった。
物語の軸が雷門でなく秋葉名戸だったら雷門に行ったのにな。若しくは夏未が秋葉名戸の生徒であれば。
そんなもしもは存在しないので、結論は流されるままに流れることを選ぶわけだが。
「まあ、お母さんが決めてるでしょ。どうしましょう、どっちの制服も可愛いーって騒いでたから」
おそらくは直前まで悩んでいるはずだ。
早く決めてくれないと私が困るという事には気付いていないかもしれない。
決して悪い人ではないのだ。ちょっと自由度が過ぎるだけで、奔放すぎるだけで。
一人娘をおいて出張に行くくらいは放任主義な両親だが愛されている自覚はある。そのあたりはまあ、大丈夫だ。原因はきっと子供らしからぬ私にもあるだろう。
両親の顔を思い浮かべてこめかみを抑えた私に、修也が呆れたように溜息をついた。
「そんなんでいいのか、お前は」
「そんなのがいいんだよ、私は」
精一杯の親孝行の一つだ。親の望む学校に行くのも含まれるだろう。
機嫌が回復した修也の隣に歩み寄ると少しずれてスペースを作ってくれた。ありがたくそこに腰かける。
ぐるりと部屋を見回す。この部屋も随分と使ったが、もうすぐお別れなのだ。見納めをしておかなくては。
途中で視線がぶつかった修也が眉尻を下げて笑う。
「お前が隣にいるのもようやく終わりか」
「長いようで短い縁だった?」
「ああ、そうだな」
ぼすんといつかの様にベッドに横たわる。昔はぎりぎり手が壁に届くほどだったのに、今は下手をすると頭をぶつけそうだ。
くすくすと笑う。特に理由はない。なんとなく可笑しくなってきたのだ。
修也はまだ眉尻は下げたままで、でもどことなく楽しそうに笑っていた。
「修也くんにその気があるなら、まだまだ長く続くと思うよ」
この際だから、修也には私離れしてもらって、新しい交友を広げてもらう方がいいのかもしれない。
この年齢なら自分で立って歩くことだってできる。
ずっとあったものが無くなるときっとしばらく落ち着かないだろうけど、それだけだ。
どうせ道は離れる。何も一生の約束をしたわけではない。
多くの中で、私が関わる道を選ぶ可能性だってあるけれど、その時はまたしばらくよろしくね、と言ったところか。
「夕香ちゃんが生まれた時にした約束、あれまだ覚えてる?」
「俺が本選まで勝ち抜いたら夕香と一緒に見に行く、ってやつか」
そうそれ。約束で思い出した。
どうせなら修也が戦っているところを見せてあげようという話をしたのだ。その頃には夕香も成長しているだろうから。
身体の向きをごろんと修也に向ける。私の視界には修也の背中と後頭部しか映らない。
申し訳ないことに、引っ越しの日時が開会式にぴたりと一致してしまった。
どう考えてもここから東京間を、小学生にもならない女の子と出かけるなんて無理だ。
「反故になっちゃうなあって」
「それは仕方ないだろう。さすがにそんなところまで想定していたわけじゃないからな」
私だって、当時は叶えることになると思っていなかった。
約束したのだから、修也と夕香が望むのなら叶えるつもりであったが、まさか本当に描いた未来を辿るとは思っていなかった。
どこかで道が逸れたりするだろうと考えていたのに。
「あ、もちろん修也くんの勇姿はテレビでは見るつもりだから安心してね」
ばっちり録画するつもりである。
エースストライカーとして一秒でも多く画面に映るといいね、と修也の背中に語りかける。
返事は聞こえない。照れたのだろう。
「ま、何はともあれ予選決勝頑張ってよ」
「なんだ、俺が負けると思ってるのか」
半身を返して私の顔を覗き込む修也は挑発的に笑っていた。
ドヤ顔ってこういう表情のことを言うんだろうな。って顔だけど、眉尻下げた情けない顔で笑われるよりよっぽどいい。彼らしい。
「私、無駄話は嫌いだよ?」
悪戯っぽく、にいっと笑い返した。
修也が驚いたように瞬きを繰り返す。
そして自信にあふれた声でああ、と返事をした。
大丈夫、心配なんてしてないよ。修也は絶対に勝ちあがるから。
(だって私、修也くんのファイアトルネード以上にカッコいいシュート見たことないもの)
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20140510/訂正