沖縄はいいところだった。
あっという間に旅行は終わり、八月も中盤に差し掛かっていた。
今、私は修也の部屋でお土産を手渡している。
私的に修也のイメージカラーである橙色を基調にしたストラップ。サッカー馬鹿に配慮してサッカーボールのキーホルダー付きだ。
菓子詰めはみんなで食べてくださいと修也のお母さんに渡しておいた。
「お世話になったのは兄弟の多いところだったよ。島を纏めて一つの家みたいだった」
「そうか」
「そうよ」
つまらなそうに返事をする修也の言葉に合わせる。
気に入らなかったのか眉間に皺を寄せて口を尖らせた。
修也のベッドに腰かけて、足をぷらつかせる。隣に座る修也が私の膝をぺしりと叩いた。
「なに、お土産気に入らなかった?」
「ちがう。ありがとう」
「もっと嬉しそうに言いなさいよ」
顰め面で言われても嬉しくもなんともないのだ。
まあ喜んでいることは分かっているので気にはしないのだが。
さらに嫌そうに顔を顰めて、修也がもう一度膝を叩いた。軽い音がする。
「足をぶらぶらさせるな」
「はいはい」
落ちつきなく座るのも小さな子に見えるような演技の一つだ。
正直意識してやると足が疲れる。修也が止めに入るのも考えの内だ。
最近は子供のフリにも慣れてきた。というか、フリをする対象の年齢が上がって多少なりともやりやすくなったのだ。
もう少しすれば演じるのにも苦労をせずに済むだろう。
「おい」
「んー?」
隠すつもりもなかった溜息が聞かれてしまったのだろう。どうした、と尋ねる修也が困った顔をしている。
何でもないと言ってベッドに倒れる。小学生になって半年も経っていない身体はベットに横向きでも十分横たえられる。膝から下は飛び出ているが。
随分と高い天井をぼんやり見つめていると、光が遮られ視界いっぱいに修也の顔が映り込む。
「なに覗き込んでるの」
「何かあったのか」
「聞いたのはこっちなんだけど」
小学校に上がったころから修也は昔の様に控えめなところが減った。というか押しが強くなった。
押せば引くと思っているのだろうか。大抵の場合において修也のわがままに付き合っていたのは間違いかもしれない。あまり我を通す子供じゃなかったからな。甘やかしすぎたのだろうか。
引き下がる気のない修也の意識を別の方向に持っていくために、違う話題を提供する。
「ね、修也くん」
「なんだ」
「ちょっと前から思ってたんだけど、最近私の名前言わないよね、どうして」
言った瞬間に修也はちょっと目を見開いて、そろそろと身体を後退させた。
急に光量が増えて眩しくなった視界に手でガードを作るが、起き上がった方が早いと思い直し体を起こした。
通常に戻った視界で修也は私から視線を逸らして黙り込んでいた。
別に何の話題でもよかったから、ふと気になっていたことを聞いただけなのだ。
昔はことあるごとに「ちゃん」と言い、何をするにも「ちゃん」と人の名前を言い出して同伴させていたのに。
さすがに年齢が上がれば、なんでもかんでも呼ばれることは減るとしてもだ。
最近は名前すら呼ばれず「おい」が一番頻繁に使われている気がする。
それも別に私にとって、あまり大したことではないから話題に挙げたのだ。
修也には修也のルールがある。逐一気にしていられない。
ただ、修也にとっては重要だったのかもしれない。先ほどと比べ物にならないくらいに困っているのが見て取れる。
可哀想だから助け舟を用意しよう。自分で突き落としておいてなんだが。
「別に嫌なら言わなくても構わないよ」
「いやだと言うわけじゃないんだ」
素早く食って掛かるかのように修也が言った。
その速さにも驚いたが、まさか乗船拒否されるとは思っていなかった。それどころか困った顔に泣きそうな雰囲気まで加わっている。
案外涙腺が脆いよなあ、と考えて言葉の選択を誤ったことに気が付いた。
あれでは「名前言わないね」に対して続ける言葉が「嫌なら言わなくていいよ」と受け取れるような文脈だ。私が伝えたかったのは「どうして」に対する「嫌なら言わなくていい」なのだが。
このままではまるで私が悲しんでいるか怒っているか、はたまた別の感情の起伏が潜んでいる様ではないか。
正直なところ何の感情も潜んではいない。溜息の追及を逃れようとしただけだ。
助け舟のつもりで近寄ったのだが、オールで沈めにかかってしまったらしい。
「怒っても悲しんでもないから。今の言葉に特に理由はないからね」
「……すまない」
「別に怒ってないって」
眉尻を下げたまま修也が謝る。視線が戻ってこないから、まだ気にしているのだろう。
ここで何を言っても堂々巡りのような気がする。修也に対するフォローがフォローにならないのは重々承知だ。
どうしたものかなあ、と考えあぐねる。
このくらいの年ごろは扱いが難しい。それなりにプライドとか他人の目が気になる様になってくる年齢だろう。
解決策が一向に見つからない。段々面倒になってきた。
溜息をつきかけて、慌てて飲み込んだ。これも修也がどうせ気にしてしまうだろうから。
十数秒の沈黙でどんどん項垂れていく頭をみて腹をくくる。
久しぶりにあった幼馴染、と言っても生まれたころから面倒を見てやってる近所の子供のような感覚なのだが、落ち込んでいるのを放っておけない。原因が自分にあるからだけではなく、それなり愛着もあるのだ。
「ねえ、修也くん」
彼が一瞬で元気になれるであろう魔法の言葉。
使った後はもの凄く疲れるからあまり使いたくはないのだけれど、そうも言っていられない。
幸い、旅行の荷物は豪炎寺家に訪れる前に片付けてある。あとはもう気合で乗り切るしかない。
「サッカー、しようか」
数時間後。
夕焼けに染まる帰路にて、疲労困憊の私の手を楽しげに引いて歩く修也の姿が見られることになる。
(修也くん私もう疲れた)(もう少しだけ、付き合ってよ)
次へ
トップへ
20140510/訂正