私の親、と言っても私の精神上の親ではなく肉体上の親の話だ。
の生みの親は、子供の中身がこんなに子供らしくない子供であることについてどう思っているのか。
なりふり構わず喚き散らしたり、泣き叫んだりなどできるはずもなかった。
最低限子供らしい振る舞いを心掛けてはいるものの、年相応とはいかない。子供のフリをするのはとても精神衛生上よろしくなかった。
それでも自分で行動できるようになった分、赤ん坊の頃より随分とましなわけだが。
ともかく、周りにいるのは5歳児で、周りは私を5歳児だと認識している。多少賢い5歳児の枠を飛び出るわけにはいかない。
言うなら私は、私の限界のラインで子供らしさを演じている。
きっと話しても信用してもらえないだろう。
いや、確実にまともな5歳児ではないことを証明することはできるが、あまり突飛なことは避けたい。できれば平穏に人生を過ごしたい。
目の前でポンポンと器用にリフティングをする修也を眺める。
少し体躯に対して大きいボールは真っ直ぐに上にと跳ね上がっていく。
腰を掛けるのに適した高さの遊具に座り、ボールと戯れる修也を見ている。場所は違っても昔からよくある光景だ。一応この人生の中で半分に相当する長さは繰り返しているのだから、よくあると言っても過言ではないはずだ。
リフティングの音がやむ。
ちゃんもいっしょにボールける?」
「私は別にいいよ。修也くんが蹴ってるの、リズミカルで見てて楽しいから」
じっと見ていたから参加したいと思われたのだろうか。
ちょっと首をかしげて考えた後に、修也が笑った。楽しいと言ったところに満足したのだろう。
何回できるか数えててね、と言って再びリフティングを始める修也の動きに合わせていーち、にーい、とカウントを開始した。
修也は他の子より少しだけ聡い子供だった。修也には無意味に強引なところがない。
それなりに子供らしくわがままなところはあるが、幼馴染としてあてがわれたのが修也のような子でよかった。
大人の前では修也をベースに、それより少し聞き分けのいい子供を演じる。
子供、基本的には修也の前になるが、その時は比喩でもなんでもなく、小さな子供に語りかけているだけだ。極力難しい言葉を避けて、簡潔に分かりやすい喋りをする。
とても疲れるが、一般的な子供の像を大きく逸脱していることはないだろうと思う。
「修也くん、そろそろお弁当の時間だよ」
リフティングの回数も2桁の折り返しに至ったところで声をかける。
空中から落ちてきたボールを両手で受け止めて修也が駆け寄ってきた。
出てきたときと同じように、私の手をぎゅっと握って室内に向かって歩き始める。
「修也くん、手が汚れる」
「あ、ごめん」
殆ど地面についていないとはいえ、サッカーボールを抱えた手で握られると汚れる。というか汚れた。
どうせ洗うつもりでいたから、構わないと言えば構わないのだが。
謝ったものの手を離すつもりはないらしい修也に引っ張られて洗面所を目指す。ボールはすでに、道中に置かれていた道具入れにしまった。
ざばざばと水を出して手を洗う。隣にはハンカチで手をふく修也が私を待っていた。
ちゃん、どうぞ」
「ありがと」
手渡されたハンカチで水気を拭う。
修也の家では手洗いうがいが徹底されている。勿論どこの家でもそうだろうが、修也の家は尋常でないくらい徹底している。お父さんが医者だということに起因しているのかどうかは知らないが。
綺麗になった手を再び修也が握る。
部屋はすぐそこだというのに、まだ先導して歩きたいらしい。
いくつでも男の子は男の子ということだろうか。取り敢えず主導権は握っておきたいようだ。
別段気にするでもなく、私はそれについて行った。お昼が楽しみである。




ちゃんが、もっとサッカーすきになってくれたらいいな)






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20140510/訂正