大変頭の痛い話だ。
もう5年が経つというのに、一向に慣れる気がしない。
記憶より幾分も低い視線。柔らかで短い手足。
重心は高く、移動するだけでも不安定になる身体。
私、は5歳になり、幼稚園に通うのも一年が経過しようとしていた。
間違いなく、ここにいることは間違いだ。
きゃあきゃあと甲高い声がひしめき合っている園の一室で私は溜息をついた。
何がどうして今の状況を生んでいるのかさっぱり分からないが、現在の私がただの5歳児であるということは理解している。もちろん、見た目だけに置いての話だ。
実際に私が私を認識している精神としては疾うの昔に二十歳を超えている。
要するに外見年齢が退行しているのだ。
いや、退行という表現は正しくないのかもしれない。
私の外見は私の知るそれとは大きくかけ離れている――年齢の面を除いてもだ。
問題はそれだけではない。。
ここは私の知っている世界ではない。正確に言うなら知らないわけではないが、知っているわけでもない。
イナズマイレブン。俗称は様々だが良く聞くところでいうならイナイレ。
一通りの設定やメインであるキャラクターはそれなりに知っている。
友人が嬉々として二つ目のソフトをプレイしているのを横で見ていた。一つ目のソフトは全くのノータッチだが、友人がきゃあきゃあと騒ぎながらアニメを見ていたのでお座成りに記憶している。三つ目のソフトは薄ぼんやりと世界が舞台だったことを覚えている。
そして私が今いる時間軸はその一つ目のソフトの物語が始まるうんと昔。主要キャラクターが、幼稚園児である時代だ。
なぜそう言い切ることができるのか。
それはもう、隣にいるからだ、としか言いようがない。
一度聴いたらなかなか抜けない印象の、それでいて二人と居ないであろう名前の持ち主が。
ちゃん、どうかしたの」
「……修也くん」
眉間に寄っていたであろう皺を指で伸ばし、ふるふると首を振って何でもないと伝える。
隣に座ったままで、こてんと頭を傾けて修也がふうん、と言った。
一応、修也にとってはお互い生まれた時からの仲だ。私が考えていることを教えないのは今に始まったことじゃない。今の所、聞き出そうとする気配もない。
そう、私と修也は所謂幼馴染、というやつだった。
「ねえ、ちゃん。サッカーしようよ」
「修也くんはサッカーが好きだね」
何時だったか、テレビでサッカーの試合が放送されていた。
そのサッカーの試合の、フォワードの選手の一人に修也は心を奪われた。
それ以来、気軽に誘える私を筆頭に、というか生贄にしょっちゅうサッカーをしようと持ちかける。
私からすればサッカーは学生の時ちょっとしたことがある程度で、それもこの世界の常識からいえばしたことがないと分類される程度。ルールだって当時の修也より少し知っているくらいのレベルだった。今では修也の方が詳しいかもしれない。
ちゃんはサッカーきらい?」
「別に嫌いじゃないよ」
好きでもないけれど、と続けたい言葉は飲み込んだ。どうせ続けたところで、不思議そうな顔でどうして、と聞かれるだけだろう。
別段サッカーがうまいわけではないし、好きなわけでもない。
一緒に見ようと言われれば見るし、練習するから手伝ってと言われれば特に断る理由はない。
そして明確に断らない限り修也は必ずこう言うのだ。
「じゃあいっしょにサッカーしよう」
「いいよ、少しだけね」
そもそも修也の「サッカーしよう」は「サッカーするから隣で見てて」の意味合いが強い。もちろん参加すれば喜ぶのだが。
私があまり乗り気でないのはきっと修也も分かっているのだろう。だから無理に参加させようとはしない。
それでも人見知りの嫌いがある修也は私を一番によく誘った。
頼られているなら悪い気はしない。ずいぶんと年下相手なのだから譲歩する精神も持ち合わせている。
何より放っておいて怪我をされるのが困る。
外見上は同じ年なのだし、修也が勝手に怪我をするのだから何か問題があるわけではない。それでも放っておいた結果怪我されるというのは勘弁してほしかった。
私の手を引いて修也が部屋の外に駆け出る。
できることならあまりサッカーに、延いてはサッカー部に関わりたくはないなあ、だなんて不毛なことを考えていた。





(できることなら、歯車にはなりませんように)





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20140510/訂正