は図書室から下駄箱へ向かっていた。放課後に至り、部活だ委員会だとバタバタ駆け回る生徒たちを尻目に帰宅する筈だったのに、中央掲示板に堂々と張り出されている紙に目を奪われた。何の変哲もない、学校内におけるただのお知らせだ。雷門中学の部活の一つである新聞部のスクープの一つ。ただ内容が一寸問題の。
は首をひねる。朝、木野に会った時は何も聞かされなかったのだが、これはどういうことだろう。
木野が連絡を忘れたのか、それとも急に決定されたのか。
おそらくは後者であるとは思った。木野はまめな性格であるし、がサッカー部に出入りするより前から事細かに部活のことを知らせてきている。この間まで練習すらままならなかったサッカー部の一大事ともいえるような内容を忘れるとは考えにくい。
眺めていると、ふと気配を感じ少しだけ振り返る。見知った姿がそこにあった。
ぼそりと無意識のうちに名前を呟いたのが聞こえてしまったのか、視線が掲示板からに落とされる。
「練習試合決まったのか、よかったな」
務めて無表情に豪炎寺が言った。
豪炎寺は何か別のことを考えていると感じながらもは頷いた。
「ああ、そのようだ。だがなぜ私に言う」
試合が決まったことは確かに喜ばしいことだが、悪戯の線もまだ捨てきれない。はいまだ誰が顧問なのか知らないが、顧問にちゃんと確認を取ってみるべきだろうと思っていた。このままではいささかの疑問が残る。そしてなぜそのことについて豪炎寺がによかったな、と言葉をかけるというのかも疑問だ。はサッカー部員ではない。おそらく豪炎寺は勘違いをしている。
豪炎寺はの言葉に口を開いた。が何も言うことはなく再び視線を掲示板へと戻す。同じく何も言わず、も掲示板の張り紙を仰ぎ見た。新聞を書いた人物は音無というらしい。2年には聞いたことのない名前だから、1つ上か1つ下か。
バタバタと騒々しい足音が近付いてきて、目を向けると円堂がいた。どうやらこの張り紙のことを知って駆けつけた様子だ。
張り紙には尾刈斗中学との練習試合が組まれたと書かれている。円堂が首をひねった。少し遅れて追いついた木野も首をかしげている。やはり急に決まったことのようだ。
「豪炎寺、きみは何か知っているか」
立ち去ろうとする豪炎寺の背中に声をかける。円堂たちには聞こえなかったようだ。
顔だけをこちらに向けて豪炎寺がため息をついた。
「部員のお前たちが知らないんだ、俺が知るわけないだろう」
確かに勘違いをしているらしい豪炎寺は、自分は部員ではないとが訂正をいれる前に掲示板を離れて行ってしまった。伸ばしかけた腕を下げる。
円堂ももサッカーも、まるで自分に関係ないといわんばかりの物言いだった。張り紙に書かれた練習試合の文字に熱視線を送っていたのにも関わらず。
背中を完全に見送ってもため息をついた。
豪炎寺とサッカーの試合を安直に結びつけるのもよくないだろうとは分かっている。ただそれでも先の帝国学園は豪炎寺に用があったとしか思えなかったから、ついそう考えてしまうのだ。所詮はそれもただの憶測にすぎないが。
、と名前を呼ばれて振り返る。円堂が手招きをしていた。
「冬海先生の所に話を聞きにいかないとな」
「誰それ」
「サッカー部の顧問の先生だよ」
木野が困ったように笑った。円堂も呆れた様子であのなあ、と呟く。
なぜ呆れられるのか、さっぱりわからなくて首をかしげると円堂が緩く首を振った。
「取り敢えず行こうぜ、確かめてこないと」
木野が頷くと同時に円堂が歩き始める。当てはあるのだろうか。迷いのない足取りに取り敢えずついて歩く。
しかし顧問の居場所は知らなかったのだろう。数歩進んだところで円堂は振り返り、困ったように眉根を下げた。
結局人伝に居場所を辿り、歩き着いたのは校長室であった。
聞かせたいのかそうでないのか、いまいち分からない音声が校長室から漏れ出ていた。会話をしているのは目的の人物で間違いないらしく、その内容はちょうど欲している情報であった。
の位置からは明確に聞き取ることは出来なかったが、円堂と木野が神妙な顔を突き合わせている。
「どうしたんだ」
「いや……なんだか妙なことを言ってるみたいだ」
妙なこととは一体何なのか。尋ねようと開きかけた口を閉じる。ここで迂闊に会話をすると声が向こうに届きかねない。向こうの声がこちらに洩れているのだから、ないとは言い切れない。
大方の情報を盗み聞きすることに成功した二人の腕を引いて階段まで戻る。幾らか下ったところで先ほどの疑問を口にした。
「なんか、呪いがどうのって」
はあ、と気のない返事をしてが瞬きを繰り返す。
円堂も木野も言葉に悩んでいる様だった。呪いだなんて不確かで非科学的なことを信用しろというのが無茶な話だ。だが無茶には前例があることを身をもって知っている側として笑い飛ばすことはできなかった。
「取り敢えず、練習試合は本当なんだな」
重要な部分だけでも明確にしておこうと再び尋ねる。円堂と木野は深く頷いた。
円堂の性格はよくわかっている。それは木野もも同じことだった。目先に明確な目標ができた円堂は強い。どうするかを定めた円堂は誰にだって止められないのだ。
「練習試合が本当ならやることは1つ!」
円堂が自身の手のひらと拳をばしんと打ち鳴らす。にっと白い歯を見せて元気いっぱいに笑った。
次に続く言葉は予想ができている。木野も同じらしくにっこりとほほ笑んだ。
「特訓だ! 行くぞ木野、
「皆にも教えなきゃ」
嬉々として階段を駆け下りていく円堂。それに続く木野を呼び止めた。本来なら円堂も呼び止めたいところだったのだが、いなくなってしまった者はしょうがない。
「すまないが私は特訓を遠慮させてもらおう」
そう伝えると木野は驚いた顔をした。は苦笑を返す。寸分の疑いもなくついてくるものだと思っていたのだろう。は肩にかけていた鞄のなかからごそごそと一冊の本を取り出して見せた。
まじまじと本のタイトルを見た木野がまっすぐにを見つめる。タイトルをオウムの様に復唱した。
「サッカー、入門?」
「残念ながらサッカーのルールすらまともに知らないからな。一応目でも通しておこうかと思って」
はため息をつくと、本の背で肩を叩いた。
足を使ってボールをゴールに決めるという競技だというくらいの知識しかない。それすら詳細は異なっているかもしれない。このままでは自分の知らないところで足を引っ張ってしまうだろう。せめて邪魔だけにはならないようにルールくらいは頭に叩き込んでおきたい。そう思って図書室からさっき借りてきたのだ。
特訓について行ったところでができることなどないのだから、少しでも自分なりにできることをするべきだと考えていた。
「そっかあ、じゃあまたあとでね」
木野はそう言ってとっくに見えなくなった円堂の背中を追って駆け出した。
誰もいなくなった階段の踊り場では呟いた。
「呪い、なあ」
今日は首をかしげてばかりだとは思った。
ゆっくりと廊下を歩き、下駄箱で靴に履きかえる。昇降口に差し掛かったところで足を止めた。
ちょっとまて。木野は今「またあとで」と言っただろうか。
木野はが部室で読書に励むと考えているのだろうか。それとも何か用事があってまたあとで自宅に尋ねてくるつもりだったのだろうか。ただの言葉のアヤだろうか。学校内にいた方がいいのか、それすら曖昧だ。
ぼんやりと空を眺めるのは好きだが、太陽光の下での読書はなかなかいただけない。それに部室には模型、正式になんという名前があるのかは知らないが、それがあるので視界情報も入って勉強にはもってこいだろう。
少なくとも部室にいた方がいいような気がして、は進路を変更した。




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