帝国学園。
厳格な佇まいが来るものを拒む、そんな閉じられた空間。
帝国学園は根本的には男子校と言って差し支えなかった。生徒は見渡す限り男子ばかりだ。
この学校は頭になりうる人材を育成する学校だ。女子は頭にはなりえない。基本的に。
それでも上に立つべき女性もいる。だから校内に女子生徒がいないわけではない。
私も上に立たねばならない人間で、帝国学園に籍を置いている。
女子の姿は珍しいのだろう。すれ違う人間はいつもこちらを見ている。そんな視線の主になど一瞥もくれず私は生活を送っていた。気にしてなど、いられないのだから。
初等科三年のころ、私は帝国学園に入った。今は高等科だ。
基本的にどの学年であろうと制服は変わらない。入学年月日が記入された電子カード、それだけで学年もクラスもすべて区別される。校内の施設を使うにはカードが必要で、カードを通す時に必要な個人IDとパスワード。それだけでこの学校は自由に行き来ができる。知っていれば別に他人だって構いはしないのだ。



中等科のころ、何かいろいろと騒ぎがあったらしい。総帥が変わった。変わったというのは正しくない。いなくなったとでもいうのか。
そしてその騒ぎを訳知り顔で、そして素知らぬ顔をしながら転入してきた人物がいる。
此度クラスが同じになった、小奇麗な顔をした、眼の綺麗な男の子。私の席の前に座っている。
クラスは進路と学習成果ごとに分けられる。座席の近いこの人物も、私と似たようなところにいるのだ。
「ふどー……」
「明王だ、間違えんなよ」
「みょーおーではないわね、解ったわ明王くん」
張り出された成績表の上位にいつも書き出されている名前だ。一番とか、二番とか、大抵はその辺りにいる。少なくても十番以内には名前が挙がっている。
大層な名前だと思っていた。字面がものすごくものすごい。不動明王。仏の名だ。五大明王の中心核。
親もすごい名前を付けたものだ。不動という苗字に明王という字面。
不動は嫌そうに顔を顰めた。
「なんでそっちで呼ぶ」
「間違えないでしょう、明王で覚えてしまえば。それだけ」
何か言いたげに、それでも何も言わず、不動はくるりと背を向けた。
もうすぐ始業だった。




「明王くん焼きそばパン食べる?」
相も変わらず屋上で一人、座り込みイヤホンに耳を傾けていた不動に尋ねる。
尋ねるだけではなく耳につながっているイヤホンを、コードを引っ張ることで耳から外してだ。
驚いたように見上げる不動に、首を傾げてもう一度訪ねた。
「焼きそばパン」
「施しかよ」
「うん、そう思うならそうかもね」
ぽん、とそのまま放るように手を離す。咄嗟に手のひらで受け止めて、不満そうに見上げる不動に小さく微笑んだ。
壁にもたれかかり、ずるずると腰を下ろす。
不動がちいさくおい、と言ったが聞こえないふりをした。だって小さな声だから。
喧嘩をするほど馬鹿じゃない。それでも、誰かと一緒にいるために一緒にいるほど馬鹿でもない。
そんなところまで不動と私は似ている気がして、不動の近くはなんにも気を遣わなくて済むようで、特別私は気に入っていた。不動はどうだか知らないけれど。
高くて青い空が頭上に広がっている。雲は空に散らばっていて、時折影を作っては過ぎ去っていく。上空は風が強いのだろうか。
「いい天気」
今はちょうど昼休みで、食堂はきっと混雑していて、それを避けるためにこんなところにいるけれど、不動はどうせ何も食べるものを持っていないのだろう。手ぶらなのがその証拠だ。
ちらりと不動が私を見る。横目でそれを見据えた。
「背中、出てんぞ」
「そうだね」
少し背を壁から離す。ぱさりと布が落ちてきて、背中が隠れた。手に提げていたビニール袋からパック飲料を取り出し、ストローを突き刺す。ぷつり、と小さな抵抗とともに容易く貫通した。
隣で溜息、そしてビニールの音がして、焼きそばパンは無事に役目を果たすのだと思い、ストローを咥えた。




不動、お前らって付き合ってるんだろ。
ガラガラと教室の扉を開ける。真っ先に聞こえてきたのはそんな言葉だった。
晴天の霹靂とはまさにこのことだ。
喋っていた複数の男子と、不動が、私を見て驚いた顔をしている。不動は特に、猫みたいに目を丸くして。
「そうなの、知らなかったわ」
いつもと変わらない調子の声が出た。自分でも驚くほど普通だ。そんなふうに周りが見ていたことに、とても驚いていたはずなのに。
そのまま目的の座席に歩いていく。と言っても私の席は不動の後ろだから、渦中に入り込むことになる。
着席して、鞄の中身を出す。居心地悪そうに数人の男子が顔を見合わせているのが分かった。
顔を上げて不動を見た。
「私たち、付き合ってたの?」
「ん、な、わけ、ねーだろ」
丸い目をそのままに、不動が言う。
よかった。肯定されたらどうしようかと思った。
始業のチャイムより早く到着した担任の姿が男子生徒を散開させる。
不動は眉間に皺を寄せて、じっと私を見ていた。首を傾げて言葉を待つが、やはり何を言うでもなく背を向けてしまった。


もしも不動が私をすきだったらどうしよう。
私は私のことを好きな不動なんて、きっと好きじゃない。
私のことは好きでも嫌いでもない、そのくらいの人間のままで見てほしい。今の関係が変わってしまうなんて、そんなのは嫌だ。
日の傾いた帰宅路は一面が橙色で、駅にたどり着くまでの全てが穏やかな顔を見せていた。心中とは裏腹に。
やがて耳になれた音が響き、心地よさとは程遠い揺れが、私を現実へと呼び戻すのだ。つまり、気がつけば家の前にいた、ということになる。
小さくため息をついて私は厳かな、見てくれだけは立派な、鉄の柵をくぐり抜けるのだ。
明日から、テスト期間に入る。
無駄な事など、考えている暇などなかった。




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