大海原の空は青い。ついでに言えば海も青い。
どこでも大概の場合はそうだなんて事は置いといて、私の愛しい人はその青の中にとても目立つ色をしている。
ピンクだ。それももうすごいピンク。
校舎の一角、窓から外を眺めればすぐに見つけられる程度にはピンク色。
毛質はもふっとしている、と思う。触ったことはないから、見た感じの話だ。頼んだら触らせてくれるだろうけれど、頼めるだけの度胸が私にあれば今頃こんな学校の教室の窓辺で彼を眺めていたりしない。
そよそよと吹く風が髪留めの花飾りを揺らした。
「はあ、綱海くん……」
乙女みたいに溜息をついて、波に乗る彼の姿を目で追いかける。
一つ年上の、気のいい人。おおらかで、ちょっとの事では、意識の端にも留めないような人。
浜辺で失くしたヘアピンを、一緒に探してくれた人。
ヘアピンはどこにでもあるけれど、大事な大事な人にもらった大切なものだった。
泣きべそをかきながら、必死になって浜辺を這いつくばって探していたのだ。
日も暮れて暗くなり始めて、それでもヘアピンは見つからなくて。友達は遅くなるといけないからって、先に帰ってもらった。
一人で探し続けても、まったく姿かたちは見当たらない。
もう見つからないと思って本格的に浜辺に座り込んだ時だった。
「どーしたよ」
声が聞こえて顔を上げる。
真っ黒な目がこちらを見ていた。
驚いて後ずさる。彼が不思議そうに首を傾げた拍子にひょこり、とピンク色の髪の毛が揺れた。
見たことがあるから、その時はちょっと驚いて、それから息を吐いた。びっくりして涙は止まったけれど。
「なんか探してんだろ」
「なんで……」
「さっきから見てっけどよ、ずっと砂浜うろついてるじゃねえか。探し物だろ、手伝うぜ」
そういって綱海くんは笑った。
申し訳ないと思いながら、それでも見つけたかったから、おずおずと探し物の正体を告げる。
そうしたら綱海くんはまた首を傾げて、買ったらだめなのか、と言った。
たしかに、物自体はどこにでもあるものなのだ。ちょっとした飾りのついた、でもシンプルな。
そのシンプルさがあだになったのか、今でも見つからないわけだが。
「あれじゃなきゃ、いやなんです」
ふるふると首を振った私に対して、綱海くんはがしがしと頭を掻いた。
口をへの字に曲げて何か言いたそうだった。
きっと呆れているんだろう、そう思って俯く。綱海くんがおい、と話しかけてくる。
「どんなだ?」
「……え」
「ヘアピン、どんなのだよ」
そういって私の目の前にしゃがみ込む。
私は戸惑いながら探し物の特徴を告げた。それと、今日、なくすまでに移動した場所を。
綱海くんはよし、という声とともに立ち上がり歩いていく。座り込んだまま見送ったが、すぐさましゃがみこんだところから見て反対側から探してくれているようだった。
結局ヘアピンは見つからなくて、日が完全に落ちて、夜は危ないからって綱海くんが家まで送ってくれた。
泣きながら送られる私は大層不恰好だっただろう。そしてすごく迷惑をかけてしまっただろうことが容易に想像できる。
思い出せば顔から火が出るほど恥ずかしいわけだが、その時はヘアピンの見つからない悲しさにすべてを持っていかれていた。
次の日、髪を止めないままで登校した。当然だが、いつものヘアピンがないからだ。
その一日がとても沈んだ気持ちで、今日は学校が終わったらまたすぐに探しに行こうかと、望みが薄いだろうと思いながらも考えていたのだ。
がらがら、と教室の扉があいた。
「よー、元気してるか?」
と、元気よく綱海くんが入ってきたのだ。もちろん元気なわけなどなく、そして私の教室に綱海くんが用事などなく、つまり用事は私にあるという事で。
まったく元気でないという事を表現するように口を尖らせたまま、戸口に立つ綱海くんに近づく。
正面に立った瞬間、綱海くんが両手を持ち上げる。有ろうことかそのまま私の頭をわし掴んだ。びくり、と肩を跳ねさせている間にも綱海くんは私の頭でなにかをしている。
うー、とか、あー、とか、なんだかよくわからないうめき声と、ちょっとな、とか、これで、とかいう呟きが聞こえる。
「つ、つなみくん?」
困惑する私に、綱海くんはにかっと笑って手を離してくれた。
そして一歩遠ざかる。いったい何なのかと、ぐしゃぐしゃにされた髪の毛に触れる。
手に触れた感覚に、瞬きを繰り返した。
「どーよ、いい感じだろ?」
「これって……」
鞄を置いてある机に戻る。がさがさと漁って手鏡を取り出した。
頭には真っ赤な花が付いている。手触りでわかるけれど、造花だ。
少し触っていればそれが髪留めであることが分かる。
「綱海くん……?」
「悪いな、昨日見つかんなかっただろ?」
だからさ、といって綱海くんはまたガシガシと頭を掻いた。やはり口をへの字に曲げている。
「変わりにはならねえかもしれないけどさ、もらっといてくれよ」
そう言って綱海くんははにかんで、視線をそらした。
私は自然と頬が緩むのを気取られないようにうつむいて、ありがとう、と呟く。
小さな声だったが、確かに綱海くんには聞こえていたようで、白い歯を見せて笑った彼は「気にすんなよ」と言った。
それが数日前のこと。
薄情だとは思うが、あれから彼の大切な人のことよりも綱海くんが脳内を占める割合が増えてきて、以前は大事なヘアピンが場所を得ていたはずの頭には綱海くんのくれた髪留めが鎮座している。
人の心の移り変わりは激しい、それも、女心は。
遠くで波間に飲まれるピンクの髪の毛を視界に収めて、私は今日もため息を付くのだ。
戻る