「は、く、りゅー!」
ドップラー効果ってこういうのを言うのだろうか。
どーんと体重をその身に受けながら白竜はぼんやりとそう思った。
べったりとぶら下がるようにくっついた、というか事実身長差のせいでぶら下がっている彼女は楽しげに笑っている。ぶら下がる彼女にぶら下がるポーチが当たって地味に痛い。
「おい、離れろ。歩きづらい」
「はくりゅーさすが、くっついてもおちない!」
さっぱり話を聞いていないのもいつもの事で。
白竜は溜息をついた。
「それで、わざわざ探してきたという事は何か用があるのだろう」
ぶら下がる彼女をぶら下げたまま白竜は歩みを進める。
ついでと言わんばかりに彼女の来訪理由も訪ねておいた。
彼女はんー、と小さく声を漏らす。
そしてにこーっと笑うと「しょくどー!」と言った。
食堂に向かえと言われているらしい。
俺は運送屋ではない、と言いながらも白竜は食堂へと向かう。
始終にこにこしている彼女は何を考えているのかわからない。分からないけれど楽しそうだからいいか、なんて考えている自分がいる。より一層わからない。
食堂に続く扉を開ける。そこには誰もいない。当然だ。今は食事の時間ではない。
ぶら下げた彼女を椅子に座らせる。
彼女はべすべすと自身の横を叩く。座らせる気らしい。
抵抗が無駄だと知っている身としては素直に従うほうがいいと、隣に腰掛ける。彼女は白竜の膝の上に、向かい合いように上った。
彼女はポーチの中から小さなキューブを取り出す。
「なんだ、それは」
「ちょこだよ」
がさがさと彼女は包みを開ける。
もしや、と思うが。白竜は眉間に皺を寄せた。
「はい、あーん」
「言ったはずだぞ、そんなものは食べないと」
「きいたよ、でも、あーん」
閉じている口にぐいぐいとチョコレートを押しつけてくる。
顔を逸らしているから頬に体温で溶けたチョコレートが塗ったくられているだけなのだが。だけっていうか気持ち悪いんだが。
「はくりゅー!」
怒ったように頬を膨らませて、眉尻を吊り上げる。
年上に思えない動作は、年下にしか見えない外見のせいで、どうみても小動物にしか見えない。
「甘いものは食べない」
彼女の小さな手がしっかりと白竜の服を掴む。
反対の手は、同じく体温で溶けたチョコレートでべたべたになっている。
「おい、その手で俺の服を触ってくれるなよ」
「さわらないよ、でも、あーん」
是が非でも食べさせたいらしい。
ここまで来るともはや試練だ。
己がポリシーを貫くか、相手の勧誘に耐え切れずに妥協してしまうか。
究極を目指している身としては、妥協など許されるはずもない。
そう考えた白竜が「おい」と口を開こうとしたところに盛大に手が突っ込まれた。
指なんてかわいらしいものではない。手だ。
いくら小さいとはいえ手だ。白竜は嗚咽を漏らしながら手首を引っ掴んで引き抜いた。
「なにをするんだ!」
むせかえりながら白竜は叫んだ。
彼女はきょとん、と首を傾げ、白竜に掴まれた手を見るとニコリと笑った。
「ちょこ、おいしかったでしょ?」
たしかに、彼女の手の中にあったチョコレートは溶けてほとんど形を成していなかった。言われてみれば口の中にチョコレートの味がしないこともない。
基本的には胃液が逆流してきそうな感覚で味なんて気にしている気分ではないのだが。
白竜の唾液とチョコレートでべたべたになった手を彼女は眺めて微笑んでいる。
妙なポリシーなど貫かず、さっさと食べて解放してもらえばよかったと白竜は後悔した。





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