イナズマジャパンの朝は別段早いというわけではない。
勿論マネージャーなら選手である俺たちよりも早く起きて仕事に取り掛かっているだろうが。
俺たちイナズマジャパンの活躍も陰で支えてくれるマネージャーたちがいるからこそのもので、本当に感謝している。
そしてそのマネージャーの一人。
薄橙色のセミロングを後ろで纏めた少女がエプロンを身に着けたまま近付いてくる。
「基山くん、折り入って話があるのだけれどもいいかしら」
朝の清々しい朝食の一コマに、顔色一つ変えない彼女が滑り込む。
箸をトレイの上に置いて向き直ろうとすると拒否された。食事は続けていていいらしい。
練習が始まる時間も迫っているので言葉に甘えて食事を再開する。
温かい味噌汁の入ったお椀に口を着けた。が、それは失敗だった。
「基山くんの下着がほしいのだけれど」
食堂中の全員が口に含んでいたものを噴出した。
味噌汁だったりお水だったりお米だったり牛乳だったり、様々だけれど皆一様に咽返る。
隣の緑川が取り落した茶碗を味噌汁の中に落として大惨事を起こしているのが見えた。
「何を言っているんだ君は」
ぼたぼたと滴る味噌汁を拭うこともできず彼女を凝視する。
「……? 基山くんのぱ」
「そうじゃなくてね」
表情一つ変えない彼女が首を傾げてより一層直接的な言葉に切り替える。最後まで言わせることのないよう彼女の言葉を遮った。
慌てた様子で布巾やらタオルやらを配り歩いているマネージャーを尻目に彼女と俺は視線を交差させる。
「基山くん、お味噌汁が滴っているわ」
「ああ、うん、ありがとう」
エプロンのポケットから真っ白な布巾が出てきて口元を拭い去っていった。
誰のせいだと思わなくもないがそんなことに一々突っ込みを入れていられないし、状況がややこしくなるだけのような気がする。
えーっと、と彼女の真意を探るべく表情を伺う。相変わらずの真顔だった。
「参考までに問いたいけど、一体どうするつもりで」
きょとんとした、といってもやっぱり真顔なのだが、彼女は瞬きを繰り返し、指を顎に当てて思索するように視線を逸らした。
漸く静まり始めた食堂の皆の視線が一点に集中している。もちろん俺と彼女に向かって。
二、三秒の後に彼女が口を開いた。
「考えていなかったわ。眺めるとかでどうかしら」
「認められません」
「認められる理由があるのならば頂けると解釈しても」
「いいわけないだろう。そもそもなんで下着なの」
「一等身に着けているものが欲しいのよ。……下着の着用はしているわよね?」
「俺は変態か。なんで俺の下着なんか欲しいのかって訊いてるんだけれど」
彼女の額を軽くぺしりと叩いて溜息をつく。
彼女はまた首を傾げる。
今度は考え込む時間は存在しないまま彼女は言った。
「単純明快な答えだわ。貴方に好意を寄せているから身近なものがほしいのよ」
食堂がぴたりと水を打ったように静まり返る。
ここで漸く表情を少し変化させて、彼女は訝しげに俺を見る。
ぴたりと冷たい彼女の掌が額に触れた。
逃げるとか避けるとかそんなことを考え憑く暇もない。
「いつもより随分と顔色がいいみたいだけれど、熱でもあるの?」
大丈夫かしら、と声色も顔色も変化しないまま彼女は言い放つ。
一体誰のせいだとつい先ほども考えたセリフが脳裏によぎる。口に出す余裕はなかった。
背後では音無を筆頭に物凄い勢いで食いついてくる人と、俺の様に爆弾発言についていけない人に見事なまで区分されていた。
不思議そうに見つめてくる彼女から視線を逸らす。
「あ、の……えっと、ミサンガ、とかでは駄目……です、か」
「切れるのを待つのはごめんだわ。今すぐ欲しいんですもの」
冷たい手を遠ざけながら彼女が言う。
ひょっとすると彼女の手が冷たいのではなく俺の顔が火照っているのかもしれない。
なんだこれ、なんの辱めだ。
公衆の面前で、これからもまだ一緒に生活をする人間たちの中で、いったい何が起きているのか。考えることも知ることも嫌で固まった思考が動き出さないように願っていた。
朝の清々しさはいつの間にか形を潜め、ばくばくと過剰に動く心臓の音すら響いてしまいそうだった。



戻る