日曜日の朝。
本日は自主練習で河川敷に全員集合、とキャプテンが部員みんなに号令をかけた。
土門はその集合に余裕で間に合う時間に家を出て歩いていた。遅刻をするのはごめんだ。
ちなみに、自主練習を言い出したキャプテンは一番早いか一番遅いかのどちらかだ。
河川敷に向かう途中、先を歩く見慣れた人物が見えた。
ビニール袋を両手でもち、信号機の色が変わるのを待っている。
おそらく、サッカー部で必要になる、スポーツドリンクなどを買ってきたのだろう。
しかし、いつもとは違うその風貌に土門は首を傾げた。そしてその理由を知る。
右耳の下で、飾り気のない橙色の髪ゴムでゆったりとひとつに束ねられた黒髪。
珍しい髪型をしていると思った。学校で見るときはいつも、長い髪が白いワイシャツを自由に彩っていたのだ。
現在顕になっている首筋など、制服に身を包んでいる彼女では拝めるはずもなかった。
さん、と声をかける。
くるりと振り返り、穏やかに笑顔を浮かべたが「土門くん」と名前を呼んだ。
ひょいとビニール袋を横から受け取る。あっ、と土門の顔を見たに土門はにっと笑った。
予想通り、中には何本もの飲料が入っていて、それなりに重たい。いつも隣にいる豪炎寺はこんな時にどうしたのだろうか。
「ありがとう土門くん、早いのね」
「いやー、マネージャーたちには及ばねえよ」
信号はまだ変わる気配がない。
ちょいちょい、と自分の耳の下を指差して笑いかける。
「どしたの、かわいいじゃん」
「ああ、これ? ちょっと暑かったから。適当にまとめてたの、なんか恥ずかしいな」
そう言ってするりと髪を解き、手櫛でそっといつものように背中へ流した髪を整えた。
整えなくたって真っ直ぐでサラサラのその髪の毛が背中を覆ったことを残念に思いながら、土門はに尋ねた。
さん、もっといろんな髪型すればいいのに」
「えぇ? 似合わないよ、私」
「そんなことないって、髪長いんだし、もっと色々やってみようぜ?」
「夏未さんとかだと似合うんだろうけど。あ、なんなら頼んでみようか、夏未さんに」
それとこれとは、ちょっと違うんだなあ。
確かに夏未は綺麗で、どんな髪型をしても似合うんだろう。しかし、そうではない。
土門は、に色々な髪型をして見せて欲しかったのだ。
土門は苦笑した。
「一つにまとめるくらいなら家とかでは結構するのよ、料理するときとか邪魔にならないように」
こうやって、と手のひらを使い髪の毛を項の上で、今度はぴしっとまとめてみせる。
スポーティな感じだ、悪くないどころの話じゃない。はっきり言って、いい。
「可愛い髪留めとか、持ってないの? ほら、秋とかが持ってるようなヤツ」
「シュシュとかヘアピンとか、そういうの? うーん、あんまり持ってないかなあ」
残念だと内心で思いながら、土門は色の変わった信号機を見て歩き始めた。
は既に気に求めていないようだった。


「これ、ドーゾ」
部室でふいに土門に呼び止められ、そして小さな紙包みを手渡された。
ぱちくりと瞬きを繰り返すのも仕方がないだろう。
受け取ってよ、という言葉に促されそれを手に収める。
片手のひらに収まるサイズの紙包みは、とても軽い。そして中身は柔らかいものらしかった。
「土門くん、これは?」
「いーからさ、開けてみてよ」
こくり、と頷きカサカサと音を立てながら紙の封を切る。
中には鮮やかな橙色をしたシュシュが入っていた。
これ、と土門の顔を見る。
土門は少し照れくさそうに、そして嬉しそうに笑っていた。
「なんか色々迷惑かけちゃったからさ、そのお詫びってわけじゃないんだけど……感謝の気持ち、かな」
「土門くん……」
嬉しい。物品がどうだとか、そういうことではない。
に対して感謝を示したいと思ってくれたその気持ちがとても嬉しかった。
「あのね、早速使ってもいいかな?」
「ああ、もちろん!」
は手首につけていた橙色の髪ゴムで、手早く髪の毛をまとめあげる。今回は耳の少し後ろ。
そこに開封したばかりのシュシュをつける。二、三度髪の毛を手で触ってから、は土門に向き直った。
「どうかな、似合う?」
土門はの、いわゆる上目遣いにときめいた。
背の高い土門にしてみればどんな女子もたいていは下から見上げる形になる。平均的、もしくはそれより少し華奢なはなおさらだ。小さな子供、というわけではないが、それに準ずる何かを感じたのだ、と土門は頷いた。決して、それ以外のなにかではない、と。
にこにこと嬉しそうにするの姿を見て、土門はプレゼントしてよかったと心からそう思った。
ついでにいろいろな髪型をしてくれればなお良いと、一人密かに頷いたのだった。
ちなみにそのの姿はチームメイトに甚く好評だった。
髪の毛を縛っている珍しさと、もらった髪留めをつけにこにこと嬉しそうなの様子は普段とはまた違ったものだったという。


、どうしたんだ。懐かしい髪型をしているな」
「ん? ああ、これ? 土門くんにもらったの、似合う?」
「ほう、土門に」
随分と上機嫌にマネージャーの手伝いをすると、じっとりした視線を土門に寄越す豪炎寺、そしてそれに居心地悪そうに視線を合わせないようにする土門たちの姿がその後すぐに見受けられるのは別の話だ。





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