商店街のラーメン屋。その日は別段賑やかであった。
入口には『本日貸切』の張り紙が貼られている。中からは幾度目かの喜びを分かち合う声が聞こえていた。
「やったぞーっ!」
口々に繰り返されるそれは一体何度行われたものかわからない。
それでも喜びの声は絶やされることはなかった。
声の主、それは雷門中サッカー部の部員たちだ。
無事に全国大会へと進出を決めたサッカー部は、雷雷軒を貸し切って祝杯を上げているのだ。
「もう何度目よ」
「いいじゃないか、何度だって!」
木野が苦笑を漏らすが、円堂は気に留めた様子もなく「優勝したぞ」と声を上げた。
各々は自由に食事をとっている中、円堂は厨房に入り響木の手伝いをしている。
そんな円堂を尻目には土門へ声をかけた。
「ね、私も一緒してよかったの?」
「なーに言ってんの、あったりまえだろ」
にっと笑った土門がのグラスに水を入れた。
それに礼を言って、小さくは苦笑した。
をこの祝賀会に誘ったのは土門だ。尤も、連行したのは豪炎寺なのだが。
雷雷軒を貸し切ると聞いたときに「そうなんだ」と軽く受け答えした事があまりにも他人事のように受け取られてしまったようだった。事実他人事で、は特に興味があったわけではなかった。
強いて言うのならば、お祝いとして豪炎寺の好きな夕飯でも用意しようと考えていたくらいだ。
祝杯のムードをぶち壊すことはしたくないので一応出席したものの、なんの貢献もしていないのに美味しい所だけ頂戴していくのはとても心苦しい。
むしろ決勝戦に至っては心配をかけた側の人間である。
は静かに怒っていた夏未の姿を思い出して自身の二の腕をさすった。
「俺たちは仲間、そうだろ?」
土門は少し照れた様子で水差しを所定地に戻す。
「しかし、帝国学園も全国大会に出られるとはな」
「大舞台でもう一度戦えるなんてワクワクするぜ」
風丸の言葉を受けて円堂が待ちきれないと浮き足立っている。それでもしっかりと厨房の仕事はこなして、夏未に餃子を手渡しているのは流石だ。
「それは、決勝まで勝ち進むという宣言と受け取ってよろしいかしら?」
夏未は挑戦的に微笑んだ。
円堂はきょとんと、丸い目をさらに丸くして首をかしげている。
「前年度優勝校と同じ地区の学校はトーナメントのブロックが別なのよ」
「だから帝国学園と戦うなら決勝戦しかないってこと」
が注釈を加え、夏未がそれを受け継ぐ。円堂は「へー」と感嘆の声を漏らした。
キャプテンがこの調子で、ちゃんと大会の規約書を読んでいる部員が何人いるのか不安で仕方がないのだが、の心配をよそに話は進んでいく。
「夏未さん、さん、何でそんなに詳しいの?」
「大会規約には隅から隅まで目を通したわ」
前監督であり顧問であった冬海がスパイだった一件では悶着が起こり、結果サッカー部は監督不在になってしまった。だが、大会規約によるとそのままでは出場の権利は得られないという。
大慌てで新監督を探していたのはまだ記憶に新しい。
「さっすが! 先輩たち頼もしいです!」
マネージャーがわいわいと微笑ましい会話を繰り広げている。
夏未は随分とサッカーを気に入ったらしい。
微笑んだ夏未を見てそれからも餃子を口に含んだ。
「ところで、今のサッカー部の顧問って誰なの?」
素朴な疑問に答える者はいなかった。
土門はマネージャーや円堂との会話に花を咲かせていたし、隣に座っていた豪炎寺は「さあな」と一言つぶやいて箸を餃子にすすめていた。
別段知りたかったわけではないので、まあいいか、と納得しはくるくると厨房で動き回る円堂を眺める。
あまりに忙しいようなら手を貸すほうがいいだろうか。
育ち盛りの男子中学生が十数名。それも全員が運動部となれば食べる量は半端ない。
「監督、俺餃子もうひと皿」
「私も追加をお願いするわ」
土門と夏未が注文するが、響木は困ったように顔を顰めた。
「悪いな。あと一人前しか残ってない」
「それじゃ、夏未ちゃんどーぞ」
いつもの軽い調子で土門が夏未に注文を譲る。
しかし夏未は眉間に皺を寄せて、土門を冷たい視線で射抜いた。
「夏未、ちゃん?」
たじろぐ土門に部員は視線を集める。
しかし夏未はふっと微笑む。
「悪くないわね」
なんだよ、と脱力する土門をよそに、周りからは笑い声が上がった。


夕暮れの河川敷の土手に土門と木野は座っていた。
「俺さ、円堂はファンタジスタだと思うんだよな」
「キーパーには使わない言葉よ?」
木野は土門の言葉に驚き首をかしげる。
ファンタジスタとは主立ってFWの選手に使われることが多い言葉だ。言葉の意味を見るならGKに使う言葉とは程遠かった。
「そうなんだけどさ、あいつの閃きには誰も予想できない創造性がある。プレーだけじゃない。いつも新しい何かが見られるような気がするんだ。
土門は笑った。楽しそうに空を見上げる。
木野も同意を示し、つられて笑った。
「俺、このチームが好きだ。サッカーが好きだったんだ」
「土門くん……」
「ところでさ」
照れくさいと言わんばかりに土門が語調を変えて木野を見る。
さん、彼女ちょっと変わってるな」
土門のセリフこそ倦厭するものだが、口調は穏やかで優しいものだ。木野はそれが分かっているから静かに頷いた。
確かに、は少し変わった少女だった。
木野はと仲がいいと自負している。
はたいていの人と仲がいいが、それでも群を抜いて親しいのは自他共に認めるところだ。
ただ、それでもやはり、木野にとってもは少し変わった少女であるのだ。
出会ったばかりの土門が不思議がるのは当然の事だった。
しかし話を聞くとどうもそういう事ではないらしい。
「なんか、放っておけないっていうかさ。ちゃんと見ておかないと、どこかに行っちまいそうな気がするんだ」
「土門くん、それって……さんの事が気になるっていうことだよね?」
小さく土門は頷いた。
そして数秒後に頬を赤くして慌てふためいた。
「ちが、違うぞ、そう言う意味じゃないからなっ!? 恋愛感情じゃないぞ、純粋に仲間として心配なだけだ!」
「そんなに否定しなくても」
慌てっぷりに木野が苦笑した。
ただ、仲間として大事だというのは本心だろう。見ている限り、恋愛感情よりは親愛に近いように思う。
先ほどの土門と同じように空を見上げて、木野は微笑んだ。
赤く色づいた空に薄橙色の雲が流れて行くのを見送って、温かな気持ちになった。
困ったように頭を掻く土門もまた、木野に釣られて雲の流れを見上げるのだった。









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