剣城は目を覚ました。
カーテンの隙間から眩しい朝日が差し込んできて瞼を持ち上げられない。このままでは二度寝をしてしまいそうで、剣城は体を起こした。正しくは起こそうとした。
腕が持ち上がらない。下半身は動かない。
視線を腹部に下げると腕がしっかりと絡みついてた。
初めのうちはひやりとした汗が流れ急激に体温が下がるほど驚いたが、今となっては然したる驚きもない。
持ち上がらない腕の肘の部分を背後に向かって思い切り突き出す。
ぐっ、とうめき声が聞こえて腕が解けた。手応え的には綺麗に入った感じだ。
今度こそ体を起こす。
予想通りに蹲った男が寝転がっている。
「いつもの様に尋ねてやるが、お前は一体何をしている」
足の裏で腹を蹴りベッドから押し出す。抵抗もなくどたんと床に落ちた。
シーツごとまとめてずり落ちたそいつが腹部と頭部を抑えながらもそもそと起き上がる。
「剣城くんひどいなあ」
全く堪えていない様子で笑っているそいつに剣城は不機嫌さを隠すことなく舌打ちをした。
立ち上がって部屋から出て行く男を見送る。扉が閉まり完全に気配が遠ざかったところで息をついた。
あの男と一つ屋根の下に住んでいるという事実が剣城の両肩にのしかかる。
剣城京介は雷門中学サッカー部にシードとして送り込まれた。
シードに至るまでにはさまざまな理由があるが、そんなことを説明するつもりはない。
兄は入院していて、両親は共働きだ。家には誰もいない。
親は自宅に顔を出すがずっといるわけではない。顔を合わせないこともざらだ。
そんな剣城の衣食住の面倒を主に見ているのがこの男、だった。
この男はフィフス直々に剣城の面倒を見るよう賜ったのだという。勿論確認はとった。残念なことにその通りだった。
という男は生活力がある。
仕事は何をしているのか分からないが現在住んでいる、この二人で生活するには無駄に広い家も彼の持家で生活費も全部彼の懐から出ているらしい。料理も上手いし掃除もできる。男である剣城からみてもかっこいいと言える容姿だし、声だって落ち着いていて綺麗に響くといった、普通なら女子が黄色い悲鳴を上げて喜ぶようなハイスペックな男だと言える。剣城より年上とはいえまだ十分に若い。これだけ見るとただの優良物件だ。
ただこの男を少しでも知っているなら他人に勧めようとは思わないだろうが。
剣城が溜息をつく。途端にがちゃりと部屋の扉が開いた。
枕を抱え込んで威嚇する。相手は成人男性なだけあって力は強いのだ。近付かれる前に牽制しておくべきだ。
「何の用だ変態!」
「流石にその反応は傷つくなあ……ってそうじゃないんだ剣城くん。学校始まっちゃうよ?」
全く傷ついた様子もなくからからと笑って見せるその男なんて無視して壁に掛けられた時計を見る。
朝の支度をして、朝食をとって、登校にかかる時間と、監視対象であるサッカー部の朝練の開始時間を急いで思い出す。
あ、駄目だ。確実に朝練には間に合わない。授業もどう考えてもギリギリか間に合わない。朝食をとっている暇がない。
「て、っめ……もっと早く言えよんなこと!」
抱えていた枕を投げつける。見事に顔面にクリーンヒットして内心ガッツポーズだ。しかしそんなことを言っている場合ではない。
バタバタと洗面台に向かう。
朝の用意を手早く済ませたところでが顔をのぞかせた。
「剣城くん朝ご飯ちゃんと食べなさいね」
「んな時間ねーよ!」
「朝から大声出さないの。ほら食べないと一日の元気でないよ」
ぐいぐいと背中を押されて朝食の並んだテーブルへ連れてこられる。
完全に急いでいることを視野に入れていないメニューに頭を抱える。
「ほらほら、急いでゆっくりお食べ」
無茶を言うなと殴りたいがそんなことをしている時間がもったいない。早口にいただきますと言って急いで口に放り込む。
急いでいるため味はいまいちよく分からないがどうせ美味しいのだろう。くそ、つくづく残念な奴だ。
心中で悪態をつきながら手と口を動かす。
全く清々しくもなんともない朝だ。ご馳走様と言いながら食器を流しに置く。
時計を見る。完全に始業時間には間に合わない。
全力疾走しても絶対に無理だろうな、と考えながら靴を履き玄関を出る。表にはが立っていた。
「てめえ何してんだ」
「送って行ってあげようと思って待ってたんですけど」
そういえばいつの間にか部屋にの姿はなかった。
楽しげに鼻歌を歌っているが玄関に鍵をかける。本気で送るつもりらしい。が、別に成人男性一人追加して走っても何の意味もない上にうざい。
無視して走り出そうとしたところで腕を引かれて横転しかけた。
文句を言うべく口を開いたが、先手を取られた。
「どこ行くのこっちだよ」
そのままぐいぐいと腕を引っ張られていく。
横のガレージの前でちょっと待っててと言われ立ち尽くす。ここで無視できるならよかったがそうもできない自分の律義な性格を呪った。
「はい、パス!」
飛んで来た球体を咄嗟に蹴り上げる。くるくると尾を引いて落下してきた物体を受け止めるとヘルメットだった。
両手で持って首を傾げる。
がぱちぱちと手を叩いているのを睨みつけようとして視線が途中で止まった。
「早くメット着けて着けて。本当に遅れるよ」
でかいバイクにまたがったが首を傾げた。
いまだに固まったままの剣城に近付いて、ヘルメットを引き取るとずぼっと無遠慮に被せる。
剣城のヘルメットを装着し終えるとひょいと担ぎ上げバイクに乗せた。
漸く剣城の思考が動き始めた頃にはすでにバイクは風を切っていた。
どうやら遅刻はしないで済みそうだった。




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